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漸近龍吟録

反便利、反インターネット的

IoTがIbTにならないように

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 Internet of ThingsがInternet by Things にならないように。

 今はまだ、本格的なIoT(Internet of Things)時代の幕開け前。

 私はIoT(モノのインターネット)がIbT(Internet by Things)(モノによるインターネット)になることを憂う。

 IoTに向かう過程でIbTがちらほらと顔を出す。IoTは、あくまでもInternetが主役でなければならない。Thingsはそこへ繫がる補助手段だ。仮にそれが、The Internetではなく、Mesh NetworkやFog Computingのような小さなネットワークであったとしても、ネットワークが主でなければならない。Thingsの比重が大きくなれば、IbTに近づく。

 IbTの顔が見え隠れするのには三つの理由がある。

 一つは、私がずっと日本で暮らしているからそう感じるのだろうが、日本では「ものづくりニッポン」と言うくらい、「モノ」に対する強い拘りがある。モノが持つ美しさ、価値、芸術性を私は認めないわけではない。だが、日本のモノに対する拘りは行き過ぎていて、モノそのものが主役になってしまっている節がある。

 二つ目の理由が、この日本に瀰漫する「実用主義」だ。「便利」に走る。「だって、スマホでピッとできたほうが便利でしょう?」と人は言う。日本人のモノに対する拘りは芸術性の方向に発揮されるのではなく、実用性の方向に発揮されている。大型家電量販店のテレビ売り場コーナーに行くと、各メーカーが「薄型」「高画質」を謳っている。モノはたしかに素晴らしいし実用的だが、美しくもなければ楽しくもない。自動車を見ても日本の自動車は「高性能」「多機能」を売りにしていてモノ自体は確かに実用的で快適かもしれないが、やはり美しさや楽しさはない。こうしてスマホ依存、モノ依存のIoT社会を作ってしまい、海外との互換性もなく、ガラケー以来、日本は再び「ガラパゴスIoT」を作り上げてしまう。

 三つめの理由はセキュリティ上の理由。所持認証の認証強度が高いことから。例えば、マイキープラットフォームでは、パスワードのみのログイン方式ではなくマイナンバーカードを使ったログインを基本としている。これは、カードの所持認証、すなわち「カードを持っている」ということが非常に強力な本人認証になっているからである。なりすましを防ぐためにモノに頼る。「パスワードレスな社会を」と言うが、モノに頼る社会はパスワードに頼る社会よりダサい。所持認証を超えていかなければ、IbTからの脱出はできない。

 こうしてモノに頼る社会を作り上げた先にあるのは、モノがなければ何もできない社会だ。機械化するのではなくオンライン化を進める。所持認証から解き放たれなければならない。

 IoTはモノをインターネット(または小さいネットワーク)に組み込むことであって、モノにインターネットの機能を付けることではない。

 IoTはInternetとThingsを比べたときに、インターネット、あるいはネットワークが優位になっていることに意義がある。その関係が逆転してしまって、Thingsが優位になってしまっている状態を、私はInternet by Things と呼ぶ。それは、スマホがなければ、モノがなければ何もできない社会だ。

 それこそ、モノは霧の中に。生体認証と組み合わせることで、Thingsは消え、空間と仕種の中に包摂されていく。

 すくおうと伸ばしたその手がインターネットに繫がる。そんな世界のほうがずっとスマートで美しい。