漸近龍吟録

反便利、反インターネット的

ある飛行石の物語 〜ヴィタリク・ブテリンに捧ぐ〜

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「イーサリアム」という名の飛行石

 二年前の今日、ロシア人(カナダ人)のVitalik Buterinという若者が小さな飛行石を生み出した。

 最初は誰にも注目されていなかったその小さな石は、しかし、一年と経たぬ間に世界的に有名になった。

 その八面体の小さな石はみるみるうちに急成長を遂げ、今や仮想通貨の世界ではビットコインに次ぐ二番目の価値を持つまでになっている。

 その名を「Ethereum(イーサリアム)」と言う。

 ブテリンは壮大な世界を思い描いている。その飛行石を土台として、その上に大きな文明世界を築こうとしている。

 イーサリアムブロックチェーンは、ビットコインブロックチェーンとはまた違う独自のブロックチェーンである。一番の違いはイーサリアムブロックチェーンは「チューリング完全」であるというところにある。チューリング完全であるがゆえに、いろいろなプログラムが“乗っかる”と言われている。

 そうしてイーサリアム上に展開されていくさまざまな文明は「DAO(Decentralized Autonomous Organization)」や「DApps(Decentralized Applications)」と呼ばれ、今も多種多様な計画が進行中である。

 

 

文明の脆さ

 飛ぶ鳥を落とす勢いだったイーサリアムに、2016年、事件が起こった。たくさんの支援金を集めていた「The DAO」というプロジェクトが、何者かのハッキングにより大量の通貨「Ether(イーサ)」を盗まれる(予定になる)というできごとがあった。「Tha DAO事件」と呼ばれる事件である。

 イーサリアム自体が堅牢であっても、その上に築かれた文明が攻撃を受ければ、イーサリアムにも傷がつくということを思い知らされた事件だった。

 

 

20年前に描かれた飛行石

 このブテリンのアイデアとほぼ同じアイデアを約20年も前に描いた人がいる。日本の著名な漫画家、宮﨑駿である。宮﨑駿の代表作『天空の城ラピュタ』は、飛行石の物語である。飛行石の力によって空に浮かんでいる土地があり、その土地にはかつて高度な文明が栄えていた、という話である。

 

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(左・ラピュタの飛行石、右・イーサリアムの飛行石)

 

 

 イーサリアム(Ethereum)という言葉は「エーテル(Ether)」から来ている。エーテルとは、「空中、この天空を満たす物質」のことである。

 天空に浮かぶラピュタの飛行石は、それ自体も不思議な力を宿していて、その上にいろいろなものを「載せる」ことができたので、ラピュタ王国のような極めて高度な文明を載せることができていた。これは、イーサリアムがその基盤の上にさまざまなDAOやDAppsを載せているのと同じである。

 DAOの「AO」は「自律的組織体」という意味だが、ラピュタもまた、自律的な組織体だった。ラピュタのロボットは自律型ロボットであり、文明全体も自律的だったが、文明が滅んだ後、植物に覆い尽くされたラピュタはそれ自体がまた一つの大きな自律組織のようでもあった。

 

 

ブテリンの過ち

 The DAO事件が起きた時、ブテリンはどのように対処したかと言うと、「固い分岐」を行うことで盗難を未然に防いだ。私は当時、ブテリンがいる方角に向かって「絶対に分岐をしてはならない」と念じていたが、念いは通じなかった。

 日本円で何十億だったのか何百億だったのかは知らないが、とにかく大金を盗まれないためにブテリンが打った手は「固い分岐」だった。ブロックチェーンのチェーンを分岐させることで、未来に起こる予定の「盗難」を未然に防いだ。

 「お金が盗まれなかったなら、良いことじゃないか」と思う人がいるかもしれない。だが、固い分岐はお金と引き換えに大切なものを失う。それは「信頼」である。「開発者でさえも意図的に分岐させることはできない」というのがブロックチェーンの「信頼」だった。ブテリンはその「信頼」を裏切ることになった。

 この時生まれた双子の「蛭子(ひるこ)」は、今もまだ生きている。そのまま川に流してしまわずに、ロシア人のコミュニティが拾って大切に育てたのだと聞いている。

 

 

ムスカとの出会い

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 2017年、ブテリンはムスカに会っているという情報がある。

 ブロックチェーンの政治性については、ビットコインでも問題になっている。

 飛行石の類い稀な力を知ったムスカは、その飛行石を持っているシータという名前の少女に急接近していく。飛行石さえ手に入れば、うまくいけば嘗てのラピュタ王国の高度な文明が復活し、それをすべて自分の手中におさめることができるかもしれない。

 

 

DAppsに匂うロシアンティーの香り

 

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(左・ムスカ大佐、右・ロシア大統領)

 

 

 大統領が自国出身の有名人と仲良くするのは別におかしなことではない。ムスカにそこまで深い意図はないんじゃないか、と思う人もいるかもしれないが、ただしムスカは次世代の新しい経済システムの構想を持っている。ムスカから見れば飛行石は最有力株だ。

 かつてニック・サボーが夢見たスマートコントラクト構想は、見事、ムスカの掌中に実現、という未来がくるかもしれない。

 私はDAppsにはロシアンティーの匂いを感じる。これは感覚の問題なので「私はまったく感じませんが?」という人もいるだろう。「ブロックチェーンを『どこ国産』かで語るのが愚かだ。ブロックチェーンに国籍はない」と言う人もいるだろう。

 でもやっぱり私はロシアンティーの香りを拭いきれないのだ。

 

 

ラピュタとイーサリアムと自然との共生

 ブテリンが決行した固い分岐、それは滅びの呪文である。それは日本ではよく知られている。「バルス」という。有名な滅びの呪文だ。

 「分岐の後もイーサリアムは力強く復活したではないか」と言う人もいるかもしれないが、それは結果的にはそうなったが、分岐していなかったら今よりもっと強かったかもしれない。 

 「イーサリアムはそもそも分岐を前提とした設計になっている」と言う人もいるが、私が固い分岐に反対するのは、それが一気に「政治性」を持つからである。強大な力を持ったブロックチェーンを、ましてやその上に高度な文明が築き上げられたブロックチェーンの行く末を、一人の人間がコントロールしてはいけないし、できてもいけない。

 『天空の城ラピュタ』に描かれているのは自然との共生だ。宮﨑駿が20年以上も前に描いてみせたのは、不思議な強大な力を持った飛行石が「自然」の象徴である植物に覆われた世界だった。

 「自然」はそれ自体が生き物のようである。植物に覆われたラピュタ島はそれ自体が一つの巨大な生命体のように見えた。ブロックチェーンもまたそれ自体がテロメアを伸ばしていく生き物のようである。

 

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(左・シータ、右・ブテリン)

 

 

 ムスカは主人公の少女シータに、君と私が力を合わせればこの世界はどんなことでも思い通りになる、と迫ったが、シータは「どんなに恐ろしい武器を持っても、たくさんの可哀想なロボットを操っても、土から離れては生きられないのよ」とムスカの野望を拒絶した。

 ブテリンは果たして、大統領に向かってそのように言えるか。

 “Ethereum”や”Akasha”など、自らが関わるプロジェクトに「天空」を意味する言葉を用いるのを好むブテリン。そんなブテリンには是非、日本のアニメ『天空の城ラピュタ』を観てほしい。20年以上も昔の日本のアニメに、イーサリアムの未来を考えるヒントがある。きっと多くの示唆に富む。

 

 イーサリアム、2歳の誕生日、おめでとう。