漸近龍吟録

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【将棋】羽生「永世七冠」の歴史的偉業を汚した「叡王」

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 2017年12月5日、将棋の羽生善治がついに「永世七冠」を成し遂げた。

 

 その歴史的偉業を讃えるNHKのニュースに私は次のようなコメントを書いた。

 

将棋 羽生棋聖が前人未到の永世七冠 | NHKニュース

叡王戦のせいで「永世七冠」もしょぼく感じる。去年までだったら「全て制覇した」感、グランドスラム感があった。今となっては「8分の7」感しかない。

2017/12/05 18:19

 

 この私のコメントに対してid:Josui_Do氏から以下のような指摘をいただいた。

  

将棋 羽生棋聖が前人未到の「永世七冠」達成 | NHKニュース

おめでとうございます!/対局相手の渡辺明棋王永世竜王永世棋王と羽生世代以降の現役棋士で初の複数永世称号保持者。強い人です id:rjutaip 叡王戦永世称号の規定が未定なので8分の7ではなく7分の7です

2017/12/05 18:35

 

 この指摘はその通りで、叡王戦には永世称号の規定はないので、確かに現時点では永世称号の全冠制覇である。

 だが、叡王戦には永世称号が無い、とかそんなことは私たち将棋ファンしか知らないことであって、世間一般の人は分からない。実際、その夜、この快挙を伝えるNHKのニュースでは、「七つのタイトルがあって、その七つの永世の称号をすべて取ったということです」と苦しい説明をしていた。

 タイトルは八つである。だから正しくは「八つのタイトルがあってその内の七つの永世称号を獲得した」と言わなければならない。しかしそう言ってしまうと視聴者は「全部制覇したわけじゃないのか」と思ってしまう。そう誤解されないためには「この内、叡王戦には永世称号の規定が無く…」などという回りくどい説明をしなければならない。これは美しくない。

 

 私は「7」という数字はずっと美しい数字だと思っていた。三冠、五冠、七冠、奇数の方が美しい。ドラゴンボールではないが、七つ集めたらコンプリートというのは分かりやすいし綺麗だと思っていた。

 

 叡王戦には永世称号が「無い」とも言えるし、「未定」とも言える。「未定」と言った場合は、「将来的にはできるかもしれません」ということだ。

 これは、誰かが一旦ゴールテープを切った後に、「実は本当のゴールはもうちょっと先なんです」と言うようなものだ。やり口が汚い。

 

 「永世七冠という、おめでたいニュースなのに何故そんな水を差すようなことを言うんですか?」と思う人もいるかもしれない。だが、私たち将棋ファンはこのビッグニュースを長年待ち望んでいたからこそ、ゴール直前に急にタイトル戦が一つ増やされたことが残念でならないのだ。

 他の人のコメントでこんなのもあった。

 

将棋 羽生棋聖が前人未到の「永世七冠」達成 | NHKニュース

将棋ファンは9年待った。47歳で竜王復位、というところが今回の最も凄い点。

2017/12/05 16:39

 

 そう、将棋ファンはずっとこの日を待っていたのだ。それなのに、ゴール直前で「もしかしたらゴール地点はもうちょっと先になるかも」と言われた気分。

 

 他のスポーツ界でも、過去の記録をすべて無かったことに、参考記録扱いにしよう、としている世界もある。暴挙というべきである。 

 箱根駅伝もあんなに歴史と伝統のある大会なのに、度重なる区間変更(しかもその理由は大抵くだらない理由)によって、過去の偉大な選手の偉大な記録が次々と参考記録になっていってしまっている。

 

 今、竜王は名人よりも格上である。これは将棋ファンなら皆知っていることだが、世間一般の人は知らない人が多いだろう。「えっ、名人が一番偉いんじゃないの?」と思う人が多いだろう。

 竜王が一番格上なのは、竜王戦が最も賞金額が高い棋戦だからである。その賞金を出しているのは読売新聞社である。連盟は大スポンサーである読売新聞社に配慮して竜王を最高位に位置づけている。

 連盟の財政事情は知らないが、叡王戦をタイトル戦にしたのも、ドワンゴ連盟にとって大きなスポンサーだからだろう。

 連盟に言わせれば、「きれいごとじゃないんです。活動のためにはお金も必要なんです」と言うことだろう。それはわかる。でも、もうちょっと伝統の美しさについても考えてほしい。

 

 「前人未到の大記録」というのは、前人たちとある程度条件が同じであって初めて言えるのである。木村十四世、升田幸三、大山十五世(全盛期)からしたら「『前人未到の七冠制覇』って、俺らの頃には七冠無かったからなぁ。前人未到なのは当たり前だろ」と文句も言いたくなるだろう。

 

 羽生善治は過去に七つのタイトルすべてを制覇している。これは過去に二人しかいない偉業である。(谷川、羽生。竜王→十段なら中原も。)

 さらに七つのタイトルを同時に保持する、という、これはもう未来永劫誰も為し得ないのではないかというような大記録も達成している。

 

 だが、これらの偉大な記録も「当時としては全冠」「当時としてはすべてのタイトル」などと、いちいち「当時としては」という前置きを付けなくてはならなくなる。まったく美しくない。

 

 せっかくの「永世七冠」のパーフェクト感、それを達成した棋士の偉大さ、この歴史的大偉業、そうしたものを連盟が毀損していくべきではない。