漸近龍吟録

反便利、反インターネット的

キャッシュレス化は何のため?

f:id:rjutaip:20181126213501j:plain

 
 ここ一、二年でまた数段と「キャッシュレス化」の声を聞くようになった。日本は今、国を挙げてキャッシュレス化を推し進めている。
 
 しかし、そもそも何のためにキャッシュレス化するのか。日本社会をキャッシュレス化する目的は何なのか。
 
 経産省などキャッシュレス化の旗振り役となっているところのサイトを見ると、日本が世界に比べて、いかにキャッシュレス化が遅れているかが書かれている。曰く「中国はQRコード決済が普及している」、「韓国はほとんどカード決済」、「スウェーデンなんか現金をまったく見ない」等々。「それにくらべて我が日本は遅れている」と。日本と諸外国の現金使用率のグラフを示し、「日本はまだまだ現金社会、諸外国に比べてキャッシュレス化が非常に遅れている」と言う。
 
 それだけなのである。経産省に限らず、キャッシュレス化推進を謳うどこのサイトも、そして個人でキャッシュレス化推進を叫んでいる人も皆、理由が「諸外国にくらべて日本は遅れているから」なのである。
 
 普通、どこの国でもそうだと思うが、キャッシュレス化するのは、キャッシュレス化したい理由があってするのである。たとえば現金は偽札ばかり作られて困っているだとか、現金を引き出せるATMが少ないだとか、あってもしょっちゅう故障していて使い物にならないとか。そういう具体的で切実に困っている理由があって、それでキャッシュレス化を推し進めるのである。
 
 ところが日本の「キャッシュレス化」は違う。優秀な紙幣は偽札を作るのは難しく、ATMはコンビニを含め至るところにあり、そして滅多に故障もしないし、きちんと動作する。
 
 日本人は誰も現状の「現金社会」でそれほど困っていない。「現金はレジでもたついて時間がかかる」という点を言う人もいるが、ではそれがQRコード決済になったら解決するのかというと、アプリを立ち上げたり読み取ったりするのもけっこう時間がかかりそうである。
 
 国を挙げて「キャッシュレス化」を言っているが、誰も何のためのキャッシュレス化なのか、解っていない。
 
「諸外国にくらべて遅れているから」。
 
 こんなつまらない理由はない。
 
 「海外勢に遅れをとるわけにはいかないでしょう。中国や韓国に負けてられない」、そういう「焦り」がキャッシュレス化の原動力になっている。
 
 私はこういう心理を「田舎者の心理」と呼んでいる。
 
鳥取県「なぜ、我が県がスタバを誘致するかって?全国の他の県には皆スタバがあるからですよ。スタバが無いのはウチの県だけなんです。ライバルである隣の島根県にさえスタバがあるのに、ウチの県はまだスタバが無いなんて恥ずかしい。一刻も早くできてほしいです」。
 
 これは例え話である。(鳥取県民の皆さん、失礼。)実際は誘致したのではなく、スタバの企業側の都合で出店しただけだろう。鳥取県民には「ぜひスタバのコーヒーを飲みたい」とか「どうしてもスタバで寛ぎたい」などといった強い動機が無い。有るのは「スタバが無いのはウチの県だけ」という恥ずかしさと焦りの気持ちである。それで「他県に追いつけ、遅れをとるな」の精神でスタバをつくる。
 
 今の世の中のキャッシュレス化の大合唱を見ていると、それに似ている。
 
 もう少し深く考える人の中には、「キャッシュレス化によって金の流れが可視化されることが大事なのではないか。可視化されたビッグデータに価値があるのではないか」と言う人がいるかもしれない。
 
 しかし、マスターカードやペイパルやアマゾン銀行が日本国内の金の流れを把握し、インバウンド需要を見込んだ日本の津々浦々の店舗が完璧に支付宝に対応し完璧なキャッシュレス社会を作った暁に、日本のビッグデータをアマゾンやアリババのような米国、中国企業が根こそぎごっそり持っていく。そしてその頃日本人は「キャッシュレス社会になってポイントがちょっと付くようになったのが嬉しい」だとか「レジに並ぶ時間が以前よりも少し短縮されて便利になった」とか、そういう小さなことばかり言ってるのである。(こういう日本人の「ポイント好き」も日本のキャッシュレス化の足を引っ張ってきたと指摘している人がいたが同感である。)
 
 私はお金のデジタル化を否定するものではない。「キャッシュレス化」は「デジタル化」と同じ意味ではない。お金のデジタル化とは、文字通りお金をデジタルでも使えるようにしましょう、という動きである。キャッシュレス化とは、これも文字通り、現金を無くしましょう、という動きである。
 
 私はお金のデジタル化には反対ではないが、キャッシュレス化については、キャッシュレス化の狙いは何なのかを誰の口からも聞かないので今のところ不信感しかない。
 
 一体何のためのキャッシュレス化なのか、国も国民ももっとよく考えるべきである。
 
 
【関連記事】