漸近龍吟録

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天皇制という名の皇統ブロックチェーン

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by cvkcvk
 
 天皇制とブロックチェーンはよく似ている。
 
 ブロックチェーンは知ってるけれど天皇制についてはよく知らない、という人のために、今日は天皇制をブロックチェーンに擬えて説明してみようと思う。因みにこの記事で単に「ブロックチェーン」と書いている場合はビットコインブロックチェーンのことを指す。
 

天皇制とブロックチェーン、七つの共通点

 天皇制とブロックチェーンには共通点がある。
 
一、連綿と繋がる長いブロック
二、長いことに価値がある
三、多くのノードによって検証されている
四、初代は不明
五、いざという時のためのサイドチェーンが用意されている
六、ハードフォークの危険を孕む
七、改竄不可能の性格
 
 以下、一つ一つ見ていこう。
 
一、連綿と繫がる悠久のブロック
 ブロックチェーンは今から約10年前の1ブロック目から始まって2ブロック目、3ブロック目…と続き、2019年現在は約600000ブロック目あたりまで連なっている。
 
 天皇制の方は初代神武天皇から続き、現在は126代目まで続いている。
 
二、長いことに価値がある
 ビットコインブロックチェーンが途中で途切れることなく連綿と続いていることに価値があるように、天皇制もまた途中で途切れることなく続いていることに価値がある。
 
 今の時代、ブロックチェーンは幾つもあるが、その中でビットコインが尊ばれる理由に「歴史が長い」ということがある。長いノーダウンタイムが信頼に繫がっている。また分岐が起きたときも長いチェーンの方が正統と見なされる。サトシ・ナカモトは"The longest chain"と書いた。「長い」ということが重要なのである。
 
 天皇がなぜ尊ばれているかというと、その理由は「皇統が長い」ということにある。皇統が長いとはどういうことかというと、「父の父の父の…」という具合にずっと祖先を辿っていくことができるということである。もちろん、天皇ではなくても、一般の人でも「父の父の父」はいるし、10代前の父も100代前の父もいる。でも100代前の「父」がどんな人であったかは証明できない。
 
 天皇家では、それが一本のブロックチェーン上に記録されている。そしてそれは民間人が勝手に作る「家系図」とは違って「改竄不可能」である性質を持つ。たしかに繫がっていることが証明できるからこそ”VALUE”が生まれる。
 
三、多くのノードによって検証されている
 ビットコインは多くのノードによって検証されていることが、その価値を高めることに繫がっている。
 
 皇統もまた多くのノード(国民)によって検証されていると言える。その時代には検証されていなくても、後世の歴史家によって遡って厳しい検証の目にさらされているので、少なくとも他の家系にくらべれば不明な継承は少ないと言える。
 
四、初代が不明
 ビットコインの黎明期が謎に包まれているように、天皇制の黎明期もまた謎に包まれている。
 
 ビットコインのすべてのブロックは一つ前のブロックを参照している。すべてのブロックがその正しさを一個前のブロックの正しさに依拠している。だが、いちばん最初の0ブロック目にあたるジェネシスブロックだけには一個前のブロックが存在しない。ジェネシスブロックの前には創造者(サトシ・ナカモト)しか無い。
 
 天皇制も現在の天皇からずっと祖先を辿っていくと初代神武天皇につきあたる。では、その神武天皇は誰から生まれたのか。神武天皇は天上の神から生まれたことになっている。すべての天皇は先代の天皇の子孫なのに、神武天皇だけが先代の天皇がいない。天上の神の世界から、いきなり地上界に人間の形をもって生まれた。
 
 ビットコインも初期の頃は謎に包まれた部分が多い。ビットコインが誕生したのは2009年だが、その頃はまだ世界でもごく限られた人しかビットコインの存在を知らなかった。天皇も初代だけではなく、25代目くらいまでは実在したのかどうかすらよく分かっていない霧のようなベールに包まれている。
 
五、世襲親王家というサイドチェーン
 ビットコインブロックチェーンには、RootstockやLiquidのようなサイドチェーンがある。これらのサイドチェーンは主にメインチェーンの機能拡張を担うが、同時にメインチェーンを補佐する役割もある。
 
 皇統もチェーンが一本だけという状態は不安定である。そこで、室町時代後花園天皇世襲親王家というサイドチェーンを作った。江戸初期に皇位の継承が不安定になった時も、当代随一の学者、新井白石閑院宮家というサイドチェーンをつくった。
 
 皇統の血(ハッシュ値)を引くもう一本のチェーンを側に走らせておくことによって、メインチェーンが新規ブロック生成に失敗した場合はサイドチェーンである閑院宮家から皇嗣を立てることができるようにした。世襲親王家はメインチェーン(天皇家)にもしものことがあった場合に皇統ブロックチェーンの継続を担う役割があった。
 
六、ハードフォークの危険を孕む
 ブロックチェーンは分岐が起こる。正統でないチェーンに接続したブロックの取り引きは「なかったこと」になる。チェーンが2本存在すると「二重支払い」と呼ばれる問題が起きる。皇統ブロックチェーンも2本存在すると、例えば詔勅や勅許が二つ存在することになってしまう。
 
 分岐の中でも怖ろしいのは「ハードフォーク」と呼ばれる固い分岐である。
 
 いちばん有名なハードフォークは2017年に起きたものだろう。この時分岐したチェーンは「ビットコイン」を名乗らず、「ビットコインキャッシュ」という別名を名乗ることになった。
 
 皇統もまたハードフォークの危険が常に付き纏う。こちらのいちばん有名な分岐は15世紀に起こった「南北朝」である。多くの争いと悲劇を生んだ。
 
七、改竄不可能の性格を持つ
 多数の目(ノード)により、厳しい検証の目に晒されているので、皇統を改竄することは実質不可能である。過去、「熊沢天皇」のようにブロックチェーン家系図)を改竄して正統を主張する者が現れたことがあったが相手にされなかった。また、「父の父の父の」という具合に遡って天皇家よりも長い家系図を提出して証明できれば尊ばれるかもしれないが、ビットコインのメインチェーンより長いチェーンをつくるのが不可能なのと同じように、少なくとも日本では天皇家よりも長い家系図を証明するのは不可能である。
 

マイニングと側室制度、皇統の血とハッシュ値

 天皇制は、今後どこまで安定して続いていくだろうか。
 
 ビットコインは一見安定しているようにも見えるが、その価値はまだまだ乱高下していて不安定である。
 
 天皇制は目下のところ、後継者不足という問題に直面している。新しいブロックが生成されにくくなっている。
 
 明治天皇以前の時代には不測の事態に備えてたくさんのマイナーがいた。これを「側室制度」と言う。だが大正天皇の代に側室制度は事実上廃止され、一人のマイナーが新たなブロックの生成という重責を担うようになった。
 
 皇統ブロックチェーンにおいてはハッシュ値Y染色体である。しかし「Y染色体」という言い方はいかにも現代的な言い方であって、要は男系で繋がって来た。なので男系の出自が天皇と繋がっていれば、仲継ぎ的に女性の天皇が立てられることもあった。ただし、江戸時代の後桜町天皇以来、最近200年以上、女性の天皇は出ていない。 
 

男性永世皇族制の問題

 明治以降に皇統ブロックチェーンの安定性を高めるために編み出されたのが、男性皇族の永世皇族制である。
 
 しかし、このような仕組みは明治以前には無く、ビットコインブロックチェーンにも無い。ビットコインブロックチェーンにおいては正しいチェーンに繋がっていないブロックは「無かった」ことになる。
 
 明治以前の皇統ブロックチェーンにおいても、「正しい」ブロックである皇嗣の男性以外の「その他の男性」は出家をするなどして皇室から離れるのが一般的だった。
 
 現代のこの男性永世皇族制は、マイナー(側室)の廃止による皇位継承の不安定さを解消する役割を持っている。だが一方で、「男系」を基本プロトコルとしている皇統ブロックチェーンにおいて、男性皇族がたくさんいることは、常にハードフォークの危険を孕むことになる。今の時代は偶然、皇族の中に圧倒的に女性が多く男性が少ない状況にあるため、このハードフォークの問題は認識されていない。
 

天皇制とブロックチェーンはお互いに学び合える

 私は以前からずっと天皇制とブロックチェーンは似ていると思っていた。どちらもブロックが連綿と連なる一本の鎖である。その鎖が「長い」ということに価値を置いている。南北朝は一種のハードフォーク事件である。ブロックチェーンにおいてはreorg(リオルグ:チェーンの再編成)によってハードフォークが防がれているが、南北朝の問題も後亀山天皇北朝へのreorgを行うことで解決している。(ただしブロックチェーンのreorgと違って、南朝北朝に帰一したものの、ブロックとしては南朝チェーンが番号を採られている。)
 
 暗号資産界隈の一部には今、Proof of WorkからProof of Stakeへの流れがある。これは側室制度廃止の流れだ。側室制度がなくなった時にどうやって皇位継承の安定性を維持し続けるのか。皇統ブロックチェーンにおいてはそこで出した答えが男性永世皇族制だったが、これは今はたまたま男性皇族よりも女性皇族の方が圧倒的に多いので問題として顕在化していないが、潜在的にはハードフォークの危険を招く。
 
 暗号資産の方のブロックチェーンは、スケーリング問題やガバナンス問題に苦しんでいる。ガバナンス問題はコンセンサスの問題だ。皇統ブロックチェーンにおいては長年、合議制で解決してきた。合議に参加するのは一部の有力貴族や将軍などの支配者層であり、これは中央集権的である。一方、暗号資産のブロックチェーンの多くは非中央集権的であり、DPoS(Delegated Proof of Stake)のような形を取るところもある。ただし皇統ブロックチェーンは1945年以降、より”Decentralized”な形を取るようになった。
 
 こうして比較してみると、ビットコインがそのブロックチェーンの安定性向上のために今までやってきた施策の多くは、過去に天皇制維持のために行われてきた施策に似ていることがわかる。例えば、ビットコイン開発陣が考え出したサイドチェーンというアイデアは今から300年以上前に新井白石が皇統の安定性のために考え出した閑院宮家のアイデアにそっくりだ。天皇制とビットコインにはブロックチェーン構造にとても似たところがあるからだ。
 
 ということは、ブロックチェーンが今後もっと安定性を高めていくためのヒントが天皇制の中にきっとある。ブロックチェーンが今後出遇うであろう問題も、その解決方法も、千数百年の歴史を持つ天皇制の歴史の中に見出すことができるだろう。南北朝の失敗に学ぶことで、ビットコインキャッシュビットコインSVのような悲劇(正統性論争)を防ぐことができる。一方、今、男子が極端に少なく皇位継承の安定性が危ぶまれている皇室においても、その解決方法のヒントをブロックチェーンに求めることができる。例えばビットコインで今までたくさん出されてきたBIP(Bitcoin Improvement Proposals)の中に良いアイデアが見つかるかもしれない。
 
 天皇制とビットコインはお互いにお互いを参考にし学ぶことで、そのブロックチェーンをよりたしかなものにしていくことができる。
 
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