漸近龍吟録

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オリンピック延期に伴って生じるオリンピアード問題

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 昨日、日本の首相が「オリンピックを一年程度延期したい」と述べたのに対して、IOCの会長が「100%同意」した、という報道があった。
 
 このニュースを聞いて私が真っ先に思ったのは、「オリンピアードはどうするのか」ということだった。
 
 オリンピアードというのは、4年で1単位になっているオリンピックの暦である。その起源は古代ギリシア古代オリンピックにある。近代オリンピックでは1896年の第1回アテネオリンピックから始まる、4年ごとの暦になる。
 
 1896年から1899年までの4年間が「第1回」。そこから数えて今は2020年から2023年までが第32回オリンピアードとなる。
 
 で、延期になると何が問題かというと、オリンピック憲章では「競技大会はオリンピアードの最初の1年目に開催する」と決められているからである。
 
オリンピック憲章32-1
オリンピアード競技大会オリンピアードの最初の年に開催され、 オリンピック冬季競技大会 はその 3 年目に開催される。
 
 今で言えば、2020年の1月1日から12月31日までに開催しなければいけないことになる。
 
 過去には戦争などの理由で中止になったオリンピックもある。例えば、1940年の幻の東京オリンピックなんかがそうだ。だが、この時もオリンピアードという暦は継続しているので、開かれなかった1940年オリンピックにも「第12回」という「回」は振られている。つまり、中止になったからといって、回数は飛ばされない。
 
 オリンピック憲章のルールに従うなら、第32回東京オリンピックは必ず2020年末までに行わなければならない。
 
 「冬季オリンピックは簡単に開催年が変わったじゃないか」と思う人もいるだろう。今の若い人たちは知らないかもしれないが、昔は夏季オリンピック冬季オリンピックは同じ年に開催されていた。それが、1994年のリレハンメルオリンピックから夏季オリンピックの中間年に開催されるようになった。
 
1992年冬:アルベールビルオリンピック
 
 
 
 
 冬季オリンピックの開催パターンをずらしたのはおそらく盛り上がる年を分散させたい、というような理由からだと思うが、ともかくこんなに“あっさり”伝統を変えることができるのなら、夏季オリンピックだって変えられるだろう、と思うかもしれない。
 
 だが、冬季オリンピック夏季オリンピックは同じオリンピックでも違うのである。英語では夏季オリンピックは「オリンピアード」だが、冬季オリンピックは「オリンピック」である。オリンピアードの概念は夏季オリンピックに適用され、冬季オリンピックには適用されない。冬季は「オリンピック」だから開催年をずらすのは比較的簡単なのである。夏季オリンピック古代オリンピックの伝統を引いているのである。
 
 ちなみに、古代オリンピックオリンピアードの周期と近代オリンピックのオリンピアードの周期は異なる。古代のオリンピアードの4年間は、今のオリンピアードの4年間より、1年後ろにずれている。もう少し細かく言うと、古代オリンピアードは1月1日から12月31日までという数え方ではなく、夏から夏までという数え方だったので、今のオリンピアードとは1年と半年ずれている。
 
 したがって、これをもって、すなわち「古代のオリンピアード(4年単位)の復活」を名目にすれば、東京オリンピックは新しいオリンピアードの単位の元に開催することも可能であるように思われる。古代オリンピアードが現代まで続いているとすると、今は2017年の夏から2021年の夏までの「第699オリンピアード」の中にある。簡単に図にしてみた。
 

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 そして、2021年の夏からは「第700オリンピアード」というとてもキリのいい回数のオリンピアードが始まる。つまり、延期した場合、2021年の春ではなくて、2021年の夏か秋あたりに開催すれば、「(古代の)第700オリンピアード」の最初の年、に開催できることになる。しかし、上述のオリンピック憲章による「オリンピアードの最初の年に競技大会を開催する」のオリンピアードとは、1896年の1月1日から数える「近代のオリンピアード」なので、今のままではやはり憲章に抵触してしまうことになる。一番悪いのは2021年の前半、すなわち春頃に開催する場合で、この場合は近代オリンピアードの最初の年でもないし、古代オリンピアードの最初の年にもならない。
 
 では、この問題をどう解決するかというと、東京オリンピックの延期を年内にする、すなわち、2020年の11月〜12月頃に開催するか、そうでなければ、IOCの委員たちがオリンピック憲章そのものを改定して、「今回だけは例外とする」のような決まりを設けるか、若しくは今度の東京大会から古代オリンピアードの法則に従う、と憲章を変えるか、しかないだろう。
 
 ただし近代オリンピックでもオリンピックイヤーすなわち4で割り切れない年に大会が開かれた例は過去に一度だけある。1904年セントルイス大会と1908年ロンドン大会の間に行われた1906年アテネ大会である。この大会は今では特別な非公式大会という扱いになっている。
 
 なので、2021年に東京オリンピックを開催する場合、近代オリンピアードの法則は変えずに、非公式の特別大会という扱いにする方法もある。
 
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