漸近龍吟録

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【将棋】里見香奈さんの“位置”

 将棋のプロ編入試験を受けていた女流棋士里見香奈さんが、0勝3敗の成績に終わり、今回も残念ながらプロ入りを果たせなかった。5番勝負で3勝すれば女性初のプロ棋士誕生となるところだったが届かなかった。
 
 私のような古くからの将棋ファンにとっても、「初の女性棋士誕生」は長年の夢である。試験前の私の予想は、際どい勝負になるだろうという予想だった。里見さんの実力は試験官を務めた新四段5人に比べて強くもないし弱くもない。互角ぐらいだと見ていた。今回は三連敗だったがそれはたまたまで、三連勝という結果であってもおかしくはなかった。
 
 ところで、私は以前から里見さんの「位置」が気になっている。将棋の実力の「位置」だ。
 
 将棋ファンの多くは、現在の里見さんなら、男性プロ棋士界の下位ランクで充分伍して行ける力を持っていると認めるだろう。しかしそれより上の方に行けるかと言うと、そこまでの力は今はないと感じる。
 
 奨励会三段リーグを抜けて新四段になる男性棋士たちには、大きな将来性と怖さを感じる。四段になって早い内に、連勝記録を作ったり、タイトル戦の上位にまで勝ち上がったりする人もいる。里見さんには、今のところそのような「とてつもない怖ろしさ」のようなものを感じない。つまり男性棋士の世界に入っても、タイトル戦の挑戦者になったりするところまでは行けなそうだと感じるのだ。男性棋士の世界で活躍するためには、もっともっと強くなければいけない。
 
 一方、里見さんは女流棋士の世界ではほぼ無敵に近い。女流棋士界は男性棋士界に比べて「格上の方が勝つ」傾向があるように思う。男性棋士界は藤井聡太さんでさえ勝ったり敗けたりだが、女流棋士界は格上が勝つことが多い。特に里見さんは別格で、トップクラスの女流棋士にさえ敗けることは少ない。里見さんと互角に戦えるのは西山朋佳さんのような奨励会三段リーグ経験者など数少ない人だけである。
 
 つまり、図に描くと里見さんは下図のような位置にいる。
 将棋界は囲碁界と違って男女の実力差が大きいから男性の「キリ」と女性の「ピン」の間に隙間の空間がある。この隙間の辺りに位置しているのが里見さんだと思う。男性と女性のあいだ。男性の世界で戦っていくには弱すぎるが女性の世界で戦っていくには強すぎる。
 
 こういう中途な位置にいるのは、かなり辛いことなのではないだろうか。実力的には奨励会三段ぐらいの人たちとは実力は釣り合うわけだから、同じくらいの実力の相手がいない、というわけではない。だが、奨励会三段くらいの「界」というものは存在しない。在るのは「(プロ)将棋界」と「女流プロ将棋界」の二つだけだ。一方はなかなか勝てない世界、もう一方はほぼ勝ってしまう世界。真ん中に立っているのにどちらの世界からも仲間に入れてもらえないような、そんな疎外感を感じることはないのだろうか。
 
 ひょっとしたら、こういうのは将棋以外でも他のスポーツなどでもあるのかもしれない。「強すぎる女性」は男子の世界とも女子の世界とも実力が釣り合わない。こういう位置にある人のことを気の毒に感じないこともない。
 
 もっともこれは、あくまでも「今のところ」の話である。今後実力を付けてまたプロ編入試験にチャレンジする機会も出てくるかもしれない。里見さんの実力があればこれからもプロになれるチャンスは来るだろう。応援したい。
 
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