漸近龍吟録

反便利、反インターネット的

「確定申告」という謎の行事

 
 確定申告。
 
 この言葉を聞くと憂鬱な気分になる人も多いだろう。
 
 私は前から、この「確定申告」という行事の意味がわからない。どういう理由で何のために行われるのか。なぜこんなにもたくさんの国民が確定申告に頭を悩ませているのか。
 
「複雑すぎて自分ではとても解らないから、税務署に行ったら、税理士さんが解りやすく書き方を教えてくれた」。
 
 そういう話をよく聞く。だが、なぜ国民が計算しなければならないのか。
 
 国民一人一人の納税額は税務署(国税局)側が計算するべきではないのか。マイナンバーを使えばわかるはずである。
 
 銀行にもマイナンバーを届け出ている。証券会社にも届け出ている。会社にも届け出ている。扶養家族の情報も住民票から分かる。税務署はマイナンバー連携を使って市役所から住民情報を教えてもらうことで、家族構成や世帯主も把握することができる。これだけのことを把握できて、国民(例えば私)の所得税額がわからない、などということがあるだろうか。
 
 「預金額とか家族構成とかはプライバシーなので、マイナンバーをそういうことに使っちゃいけないんでしょう」と思ってる人がいるかもしれない。
 
 たしかにマイナンバーは利用目的の「3本柱」と言って、「税」「社会保障」「災害対策」の3つ以外の目的で利用してはいけない、という厳しい決まりがあるが、税務署は「税」を取り扱っているので、マイナンバーを使える立場にある。
 
 マイナンバーで、会社の給与も銀行も証券会社も家族構成までもがっちり把握できるのに、どうして納税額が計算できないのか。
 
 基本的な考え方が逆なのである。
 
 納税額は税務署の方で計算する。もし、わからない・不明な点があれば、国民のところに聞きに行けばよい。不明な点がなければ計算し終わったものを国民に通知する。国民はその金額に異議がある場合は税務署に連絡する。異議がなければ「いいよ」のボタンをタップする。そしてその瞬間に銀行口座から税金が引き落とされる。
 
 国民は税務署からスマホに届いた書類にざっと目を通し、「いいよ」をタップする。これだけ。これが納税のあるべき姿ではないのか。どうして国民に複雑な計算をさせ、難解な書類を書かせるのか。
 
 繰り返しになるが、「国民が計算して分からなかったら税務署に聞きに行く」のではなく、「税務署が計算して分からなかったら国民に聞きに行く」のが筋である。
 
 私はもう長年「確定申告」が謎でしかたない。どうして「申告」なのか。冗談ではなく深刻な問題である。
 
 私は(直接の)確定申告をしたことがないので、この分野に詳しい人がいたら「どうして」「何のために」確定申告があるのか教えてほしい。
 
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天皇制という名の皇統ブロックチェーン

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by cvkcvk
 
 天皇制とブロックチェーンはよく似ている。
 
 ブロックチェーンは知ってるけれど天皇制についてはよく知らない、という人のために、今日は天皇制をブロックチェーンに擬えて説明してみようと思う。因みにこの記事で単に「ブロックチェーン」と書いている場合はビットコインブロックチェーンのことを指す。
 

天皇制とブロックチェーン、七つの共通点

 天皇制とブロックチェーンには共通点がある。
 
一、連綿と繋がる長いブロック
二、長いことに価値がある
三、多くのノードによって検証されている
四、初代は不明
五、いざという時のためのサイドチェーンが用意されている
六、ハードフォークの危険を孕む
七、改竄不可能の性格
 
 以下、一つ一つ見ていこう。
 
一、連綿と繫がる悠久のブロック
 ブロックチェーンは今から約10年前の1ブロック目から始まって2ブロック目、3ブロック目…と続き、2019年現在は約600000ブロック目あたりまで連なっている。
 
 天皇制の方は初代神武天皇から続き、現在は126代目まで続いている。
 
二、長いことに価値がある
 ビットコインブロックチェーンが途中で途切れることなく連綿と続いていることに価値があるように、天皇制もまた途中で途切れることなく続いていることに価値がある。
 
 今の時代、ブロックチェーンは幾つもあるが、その中でビットコインが尊ばれる理由に「歴史が長い」ということがある。長いノーダウンタイムが信頼に繫がっている。また分岐が起きたときも長いチェーンの方が正統と見なされる。サトシ・ナカモトは"The longest chain"と書いた。「長い」ということが重要なのである。
 
 天皇がなぜ尊ばれているかというと、その理由は「皇統が長い」ということにある。皇統が長いとはどういうことかというと、「父の父の父の…」という具合にずっと祖先を辿っていくことができるということである。もちろん、天皇ではなくても、一般の人でも「父の父の父」はいるし、10代前の父も100代前の父もいる。でも100代前の「父」がどんな人であったかは証明できない。
 
 天皇家では、それが一本のブロックチェーン上に記録されている。そしてそれは民間人が勝手に作る「家系図」とは違って「改竄不可能」である性質を持つ。たしかに繫がっていることが証明できるからこそ”VALUE”が生まれる。
 
三、多くのノードによって検証されている
 ビットコインは多くのノードによって検証されていることが、その価値を高めることに繫がっている。
 
 皇統もまた多くのノード(国民)によって検証されていると言える。その時代には検証されていなくても、後世の歴史家によって遡って厳しい検証の目にさらされているので、少なくとも他の家系にくらべれば不明な継承は少ないと言える。
 
四、初代が不明
 ビットコインの黎明期が謎に包まれているように、天皇制の黎明期もまた謎に包まれている。
 
 ビットコインのすべてのブロックは一つ前のブロックを参照している。すべてのブロックがその正しさを一個前のブロックの正しさに依拠している。だが、いちばん最初の0ブロック目にあたるジェネシスブロックだけには一個前のブロックが存在しない。ジェネシスブロックの前には創造者(サトシ・ナカモト)しか無い。
 
 天皇制も現在の天皇からずっと祖先を辿っていくと初代神武天皇につきあたる。では、その神武天皇は誰から生まれたのか。神武天皇は天上の神から生まれたことになっている。すべての天皇は先代の天皇の子孫なのに、神武天皇だけが先代の天皇がいない。天上の神の世界から、いきなり地上界に人間の形をもって生まれた。
 
 ビットコインも初期の頃は謎に包まれた部分が多い。ビットコインが誕生したのは2009年だが、その頃はまだ世界でもごく限られた人しかビットコインの存在を知らなかった。天皇も初代だけではなく、25代目くらいまでは実在したのかどうかすらよく分かっていない霧のようなベールに包まれている。
 
五、世襲親王家というサイドチェーン
 ビットコインブロックチェーンには、RootstockやLiquidのようなサイドチェーンがある。これらのサイドチェーンは主にメインチェーンの機能拡張を担うが、同時にメインチェーンを補佐する役割もある。
 
 皇統もチェーンが一本だけという状態は不安定である。そこで、室町時代後花園天皇世襲親王家というサイドチェーンを作った。江戸初期に皇位の継承が不安定になった時も、当代随一の学者、新井白石閑院宮家というサイドチェーンをつくった。
 
 皇統の血(ハッシュ値)を引くもう一本のチェーンを側に走らせておくことによって、メインチェーンが新規ブロック生成に失敗した場合はサイドチェーンである閑院宮家から皇嗣を立てることができるようにした。世襲親王家はメインチェーン(天皇家)にもしものことがあった場合に皇統ブロックチェーンの継続を担う役割があった。
 
六、ハードフォークの危険を孕む
 ブロックチェーンは分岐が起こる。正統でないチェーンに接続したブロックの取り引きは「なかったこと」になる。チェーンが2本存在すると「二重支払い」と呼ばれる問題が起きる。皇統ブロックチェーンも2本存在すると、例えば詔勅や勅許が二つ存在することになってしまう。
 
 分岐の中でも怖ろしいのは「ハードフォーク」と呼ばれる固い分岐である。
 
 いちばん有名なハードフォークは2017年に起きたものだろう。この時分岐したチェーンは「ビットコイン」を名乗らず、「ビットコインキャッシュ」という別名を名乗ることになった。
 
 皇統もまたハードフォークの危険が常に付き纏う。こちらのいちばん有名な分岐は15世紀に起こった「南北朝」である。多くの争いと悲劇を生んだ。
 
七、改竄不可能の性格を持つ
 多数の目(ノード)により、厳しい検証の目に晒されているので、皇統を改竄することは実質不可能である。過去、「熊沢天皇」のようにブロックチェーン家系図)を改竄して正統を主張する者が現れたことがあったが相手にされなかった。また、「父の父の父の」という具合に遡って天皇家よりも長い家系図を提出して証明できれば尊ばれるかもしれないが、ビットコインのメインチェーンより長いチェーンをつくるのが不可能なのと同じように、少なくとも日本では天皇家よりも長い家系図を証明するのは不可能である。
 

マイニングと側室制度、皇統の血とハッシュ値

 天皇制は、今後どこまで安定して続いていくだろうか。
 
 ビットコインは一見安定しているようにも見えるが、その価値はまだまだ乱高下していて不安定である。
 
 天皇制は目下のところ、後継者不足という問題に直面している。新しいブロックが生成されにくくなっている。
 
 明治天皇以前の時代には不測の事態に備えてたくさんのマイナーがいた。これを「側室制度」と言う。だが大正天皇の代に側室制度は事実上廃止され、一人のマイナーが新たなブロックの生成という重責を担うようになった。
 
 皇統ブロックチェーンにおいてはハッシュ値Y染色体である。しかし「Y染色体」という言い方はいかにも現代的な言い方であって、要は男系で繋がって来た。なので男系の出自が天皇と繋がっていれば、仲継ぎ的に女性の天皇が立てられることもあった。ただし、江戸時代の後桜町天皇以来、最近200年以上、女性の天皇は出ていない。 
 

男性永世皇族制の問題

 明治以降に皇統ブロックチェーンの安定性を高めるために編み出されたのが、男性皇族の永世皇族制である。
 
 しかし、このような仕組みは明治以前には無く、ビットコインブロックチェーンにも無い。ビットコインブロックチェーンにおいては正しいチェーンに繋がっていないブロックは「無かった」ことになる。
 
 明治以前の皇統ブロックチェーンにおいても、「正しい」ブロックである皇嗣の男性以外の「その他の男性」は出家をするなどして皇室から離れるのが一般的だった。
 
 現代のこの男性永世皇族制は、マイナー(側室)の廃止による皇位継承の不安定さを解消する役割を持っている。だが一方で、「男系」を基本プロトコルとしている皇統ブロックチェーンにおいて、男性皇族がたくさんいることは、常にハードフォークの危険を孕むことになる。今の時代は偶然、皇族の中に圧倒的に女性が多く男性が少ない状況にあるため、このハードフォークの問題は認識されていない。
 

天皇制とブロックチェーンはお互いに学び合える

 私は以前からずっと天皇制とブロックチェーンは似ていると思っていた。どちらもブロックが連綿と連なる一本の鎖である。その鎖が「長い」ということに価値を置いている。南北朝は一種のハードフォーク事件である。ブロックチェーンにおいてはreorg(リオルグ:チェーンの再編成)によってハードフォークが防がれているが、南北朝の問題も後亀山天皇北朝へのreorgを行うことで解決している。(ただしブロックチェーンのreorgと違って、南朝北朝に帰一したものの、ブロックとしては南朝チェーンが番号を採られている。)
 
 暗号資産界隈の一部には今、Proof of WorkからProof of Stakeへの流れがある。これは側室制度廃止の流れだ。側室制度がなくなった時にどうやって皇位継承の安定性を維持し続けるのか。皇統ブロックチェーンにおいてはそこで出した答えが男性永世皇族制だったが、これは今はたまたま男性皇族よりも女性皇族の方が圧倒的に多いので問題として顕在化していないが、潜在的にはハードフォークの危険を招く。
 
 暗号資産の方のブロックチェーンは、スケーリング問題やガバナンス問題に苦しんでいる。ガバナンス問題はコンセンサスの問題だ。皇統ブロックチェーンにおいては長年、合議制で解決してきた。合議に参加するのは一部の有力貴族や将軍などの支配者層であり、これは中央集権的である。一方、暗号資産のブロックチェーンの多くは非中央集権的であり、DPoS(Delegated Proof of Stake)のような形を取るところもある。ただし皇統ブロックチェーンは1945年以降、より”Decentralized”な形を取るようになった。
 
 こうして比較してみると、ビットコインがそのブロックチェーンの安定性向上のために今までやってきた施策の多くは、過去に天皇制維持のために行われてきた施策に似ていることがわかる。例えば、ビットコイン開発陣が考え出したサイドチェーンというアイデアは今から300年以上前に新井白石が皇統の安定性のために考え出した閑院宮家のアイデアにそっくりだ。天皇制とビットコインにはブロックチェーン構造にとても似たところがあるからだ。
 
 ということは、ブロックチェーンが今後もっと安定性を高めていくためのヒントが天皇制の中にきっとある。ブロックチェーンが今後出遇うであろう問題も、その解決方法も、千数百年の歴史を持つ天皇制の歴史の中に見出すことができるだろう。南北朝の失敗に学ぶことで、ビットコインキャッシュビットコインSVのような悲劇(正統性論争)を防ぐことができる。一方、今、男子が極端に少なく皇位継承の安定性が危ぶまれている皇室においても、その解決方法のヒントをブロックチェーンに求めることができる。例えばビットコインで今までたくさん出されてきたBIP(Bitcoin Improvement Proposals)の中に良いアイデアが見つかるかもしれない。
 
 天皇制とビットコインはお互いにお互いを参考にし学ぶことで、そのブロックチェーンをよりたしかなものにしていくことができる。
 
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東京一極集中是正に必要な“気持ち”

 

東京一極集中の弊害

 東京一極集中の弊害が叫ばれて久しい。
 
 地方が疲弊し、少子化、過疎化、限界集落という言葉が言われるようになり、多くの地方自治体は財政難に陥っている。「効率化」の名の下に、スーパーマーケット、銀行が撤退し、生活はますます困難になり、小さな町では病院までもがなくなり地域医療が崩壊しているところもある。    
 
 疲弊しているのは地方ばかりではない。東京もまた疲弊している。全国的に少子化で人口が減少しているにもかかわらず、超満員電車も渋滞も行列も一向になくならない。ヒートアイランド現象で東京の夏は夜になっても気温が下がらず地獄のような熱帯夜が続く。
 
 東京一極集中の問題が指摘されたのはここ数年の話ではなく、もう何十年も前からなのに、一向に改善される気配がない。
 
 なぜ東京一極集中は是正されないのか。
 
 そこには人々のある“気持ち”が関係していると思う。
 

「東京ばかり」に不満な人たち

「なんでもかんでも東京ばっかり」
 
 そんな不満の声をよくリアルでもネット上でも聞く。
 
「テレビ見ても、おいしいお店の紹介とかどうせ東京のお店ばっかり」
 
 私は初めて地方の人の口からこれを聞いた時は驚いた。テレビで東京の店が紹介されているのは自分が東京でテレビを見ているからだと思っていた。地方でも同じように東京の店が紹介されているとは思わなかった。
 
「ネットを見れば、Suicaは便利か不便かとか、地方の人間には関係のない話でばかり盛り上がってる」
 
「テレビもネットも諦めて外に出れば、コンサートも面白そうなイベントも全部東京でやっている」
 
「東京という一つのローカルの話を全国区のように話すな」
 
 そういう“怨嗟”の声をたくさん聞く。
 
 こういう声が多ければ、当然、東京一極集中は是正の方向に向かうと思われる。ところがそうはなっていない。なぜか。それは地方の人々の心の中に、これとは相反するもう一つの“気持ち”があるからだ。
 

東京に誇りを感じる人たち

 地方の人たちは「東京ばっかり」と憎む気持ちと同時に東京を誇りに思う気持ちを持っている。
 
 例えば、新宿駅は世界一の駅、ということが話題になる時。新宿駅の凄さに対する海外の人々の反応を見ている時。この時は地方人として東京の新宿駅の話をしているのではなく、日本人として話をしている。
 
「世界のみなさん、どうです?我が日本の駅はすごいでしょう」
 
 そういう気持ちで話題にしている。
 
 私の国の首都としての東京。その東京に偉大であってほしいという気持ちがある。縮小してほしくない。我らの東京がニューヨークやロンドンのような世界の大都市と肩を並べていることを誇らしく思う気持ちがある。
 
 日本という国の首都としては、他の国の都市に負けないでほしいのだ。北京にもソウルにもシンガポールにも負けてほしくない、そういう気持ちがある。
 

東京一極集中の是正に向けて 

 こうした“気持ち”が東京一極集中を支えている。「テレビもネットもリアルも東京ばかりだ」という不満を抱えつつ、一方で世界の都市との比較という点において、東京には大都市であってほしいと願う。
 
 このような“気持ち”を持っている人が多数派を占めているかぎり、東京一極集中は是正されない。
 
 大都市東京を誇らしく思う気持ち、世界に対しての見栄の気持ちを捨て去らなければならない。
 
 先ずはここから始めなければならない。そうしないと、いくら地方の魅力を訴えても、依然として人々は東京に吸い寄せられ、テレビでもネットでも相変わらず東京の話ばかりしている光景がこれからも続くだろう。
 
 東京一極集中の是正は喫緊の課題である。例えばこれだけ自然災害の多い日本において東京が比較的災いを免れているのは単なる幸運の偶然であって、東京がいつ大きな災禍に見舞われてもおかしくない。その時、「東京が潰滅したら日本は終わり」というようでは国造りとして明らかに駄目であろう。また、今こうしているうちにも地方の貴重な伝統文化は次々と失われていっている。後になってその価値に気づいて「あれはもったいなかったね」と言っても、もう取り返しがつかない。抑々、地方の人口が減るということはそこに貴重な文化があることを知っている人間が少なくなる、ということだ。
 
 効率や便利さばかり求める国なら要らない。歴史や伝統を大切にしない国は衰退するのみである。今からでも。東京一極集中の是正を。
 
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なぜリアルタイム払いが重要か

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 私はクレジットカードやプリペイドカードをほとんど使ったことがない。
 
 使うのは現金かデビットカードである。なぜクレジットカードやプリペイドカードを使わないのか。その理由を今日は書こうと思う。
 

時間軸から見る3つの決済方法

 
 決済方法は、時間の観点から大きく三つに別れる。すなわち、
 
1.プリペイド(前払い)
2.リアルタイム払い(即時払い)
3.ポストペイ(後払い)
 
の三つである。
 
 それぞれの払い方の代表的なものには次のようなものがある。
 
 
2.リアルタイム払い
現金
 
3.ポストペイ
クレジットカード
 
 私がプリペイドやポストペイを使わないのは、それが基本的に「おかしい」と思っているからである。
 
 八百屋に行って、1個200円の林檎を買う。私はその場で店主に200円を渡す。これだけでいい。その200円を前払いしたり後払いしたりする必要はない。
 

後払いはなぜ駄目か

 
 なぜわざわざ来月に払うのか。今月はお金がないから?今、払えないような金額の買い物をするべきではないだろう。
 
 私は店主に200円を渡し、店主は私に林檎を渡す。このシンプルなやり取りになぜ第三者が仲介するのか。
 
 クレジットカード会社は「あなたの代わりに立て替えといてあげますよ」と言う。これは、支払いに困っている私を見かねて優しい手を差し伸べているわけではない。クレジットカード会社は儲かっているのである(当たり前だが)。
 
 クレジットカードを使う人はそのメリットとして「多額の現金を持ち歩かなくていい」と言う。だが、それはデビットカード電子マネーでも持ち歩かなくて済むわけだろう。
 
 また、もう一つのメリットとして「ポイントが貯まる」ことを挙げる人は多い。だが、そうしたお金(ポイント)がどこからどうやって捻出されているのか、よくよく考えてみることだ。私と八百屋の間にクレジットカード会社が入ってくる。クレジットカード会社は「いまどきカードが使えない店は客から逃げられますよ」と言う。店は手数料を払うことになる。その手数料分を値上げするだろう。結局は消費者に跳ね返ってくる。
 

前払いはなぜ駄目か

 
 では、後払いではなく前払いだったら良いのか?
 
 前払いも駄目である。前払いの「悪」についてはテレホンカードの話をすれば事足りるだろう。
 
 いま誰も財布の中にテレホンカードを持っていない。でも家にはテレホンカードが眠っている。結局使わず換金もしていないテレホンカードが。「残高が残っていると言ってもたかだか100円くらいですから」。そう言う人が日本に10人に1人いたとしよう。すると、100円×1000万人で、NTTは10億円も儲かっていることになる。
 
「いまどきまだ小銭を積み重ねて電話をしているんですか?今はもうテレホンカードの時代ですよ」
 
 そんな言葉に騙されてかつて多くの日本人がテレホンカードを買い、「先に」NTTにお金を払ったが、世の中は公衆電話から携帯電話の時代に変わり、持っていたテレホンカードは使う機会を失った。
 
 それでもなんとなく、災害の時とか、いざという時に使うことがあるかもしれない、そういう思いでテレホンカードを換金せずに持ち続けている。
 
 先にお金だけもらっておいて、実際の電話は掛けないのだから、NTTはぼろ儲けである。
 
 今のSuicananaco楽天EdyWAONにしてもそうだが、プリペイドの「悪」については、このテレホンカードの例を挙げるだけで十分であろう。人々は「プリペイドはチャージするのが面倒」と言いながら、同じ口で「Suicaは最強」と言っている。この場合の「Suica最強」は一手間かかるQRコード決済と比べてタッチ一瞬で済む便利さを言っているのだろうが、プリペイドという時点で「悪」で時代遅れであることに気づくべきである。
 

時間差はトリック

 
 リアルタイムに払わせずに前払いや後払い等の時間差を生じさせるのは、すべてそこから新たな利益を生み出すためである。目先の小さな「便利」や「お得」にしか目が行っていない人は、大きな視点では搾取されている構造に気づかなければいけない。時間差があると複雑さが生まれる。そこに付けいる隙がある。複雑すぎて人々はカラクリが分からない。自分が得しているのか損しているのかも分からない。なんとなくポイントが貯まるからお得なんじゃないか、と思っている。
 
 時間差のトリックをこの世から無くしていくためには、あらゆることをリアルタイムに近づけ、物事の関係性をシンプルにしていくことだ。これはできないことではない。
 
 
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公共料金はなぜ月一引き落としなのか

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Gerd Altmannによる画像
 
 電気代、ガス代、水道代、電話代、のような公共料金は、月に一回、登録している銀行口座から引き落とされる。
 
 これが前から疑問である。なぜ「月に一回」なのか。そして、どうして誰もこのことに疑問を持たないのか。
 
 月に一回というのは、まるで明治時代の郵便制度のようだ。
 
「九州の知人から返事が来ないんだけど」
 
「ああ、九州からの手紙でしたら来月の船便で東京湾に到着すると思いますよ」
 
 それから、手紙は五日で届くようになり、三日になり、二日になった。そして今ではメールでほぼリアルタイムに返事が届く。コンピュータとインターネットの浸透に伴い、世の中のあらゆることは「リアルタイム」の方向に向かっている。
 
 なのに、公共料金の引き落としはなぜ未だに「月一」なのか。電気代もガス代も水道代も、使った分から即時、リアルタイムで引き落としていけばよいではないか。
 
 日本は外国にくらべても、公共料金の支払いは銀行口座からの自動引き落としにしている人が多い。であるなら、なおさら使ったそばから料金を引き落としていくことが可能なはずだ。
 
 「私は月に一回引き落とされた方が分かりやすくて家計が管理しやすい」と言う人もいるだろうが、そう望む人はそうすればいいだけだ。あるいはリアルタイム引き落としにしておいて、明細だけ月一のものを発行すればいい。
 
 スマートメーターでは約30分ごとに使用量が確定している。かつてのように月に一回の人力の検針によって使用量が確定するわけではない。それなのに、料金の引き落としだけが明治時代の郵便制度のような時間感覚で動いているのは何故なのか。いったい何のためのスマートメーターなのか。
 
 月一が悪いと言うのではない。どっちの方が優れているか、とか、どちらが効率がいいか、ということではなく、当然にできることは当然にできなければいけない。
 
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地球温暖化問題は先進国と途上国の対立問題ではない

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Gerd Altmannによる画像
 
 9月23日に行われた国連の気候行動サミットでスウェーデンの16歳の環境活動家、グレタ・トゥーンベリさんが激しい口調で地球温暖化問題を訴えた。
 
 これに対する大人たちのコメントで情けないものをたくさん見たが、特に多く見られたのが、次のようなコメントだ。
 
「よくもそんなことを」 トゥンベリさん、怒りの国連演説 写真11枚 国際ニュース:AFPBB News

あくまで先進国の恵まれた若者の主張で、発展途上国の若者は俺達に貧しいままでいろと言うのかと言われるし、あっち立てればこっち立たずなんだよなぁ

2019/09/24 08:43
「よくもそんなことを」 トゥンベリさん、怒りの国連演説 写真11枚 国際ニュース:AFPBB News

途上国の子どもが「私たちの目の前で扉を閉めるのか。よくもそんなことを」って反論し始めたら最高なんだけどなw

2019/09/24 10:03 
 あるいはTwitterで1万以上のいいねを獲得していた次のようなツイート。
  
 「スウェーデンのような先進国の恵まれた環境で育った人が何を言うか」と言う。これらはありえない批判だ。出自で批判してはいけない。そんなことを言ったらスウェーデンで生まれ育ってしまったトゥーンベリさんは、これからどうやっても一生、温暖化問題について何も言えなくなる。トゥーンベリさんだけではない。スウェーデン人全員、あるいは先進国であるヨーロッパ、アメリカで生まれ育った人は誰一人として温暖化問題を語ることができないことになる。
 
 「この人が不便を受け入れるなら、話は分かるけど」と言っているコメントも見た。トゥーンベリさんは不便を受け入れるのではないか?
 
 「自分たちは今までCO2をたくさん排出して便利な生活を享受してきたくせに、途上国にはそれを規制して便利な生活を送らせないと言うのか」と言っている人がたくさんいる。しかし、その認識は間違っている。
 
 先ず、まだ16年しか生きていないトゥーンベリさんはそんなに「享受」してきていない。仮に豊かな生活を享受していたとしても、豊かな生活を享受することと経済成長を推進することは、まったく異なることである。また、豊かな生活というのは、必ずしも経済成長によって齎されるわけではない。
 
 次に、CO2をたくさん排出する=先進国、という発想が間違っている。同じ先進国でもアメリカのCO2排出量は多いがスウェーデンは少ない。途上国と称している国でも、中国やインドのようにCO2をたくさん排出している国もある。
 
 日本国内を見ていてもわかるだろう。日本で最も便利さを享受している東京人は、日本で最も自動車に乗っていない人たちである。田舎の人たちほど自動車に乗りたくさんのCO2を排出している。CO2をたくさん排出する権利=便利な暮らしができる、という考え方が時代遅れなのである。
 
 そもそもトゥーンベリさんが訴えているのは“We 私たち”の問題なのだ。
 
 「船が沈んで行ってるから何とかしましょう」と言う人に対し、「うるさい。何を幼稚なことを言ってるんだ」と返す。こんな愚かなことはない。その船はトゥーンベリさんだけが乗っている船ではない。“私たち”も同じように乗っている船なのだ。「船が沈みかけていることに気づかせてくれてありがとう」と言うべきところだ。
 
 「喧嘩を売っといて云々」というコメントも見た。トゥーンベリさんのあの演説を聞いて、「自分が喧嘩を売られた」と感じている人がいるのも信じられない。
 
 途上国のCO2の排出量が規制されたら途上国の未来が奪われる、などというのは頭の固い、時代遅れな発想だ。CO2が増えて地球がどんどん温暖化していった時に苦しむのはむしろ途上国の人間である。        
 
 先進国も途上国も関係なく地球温暖化に向かい合わなければいけない時に何を言っているのか。
 
 
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給与はなぜ月一払いなのか

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klimkinによる画像

 
 かなり前から疑問に思っている。給与はなぜ月一払いなのか。
 
 (註:この記事には答えは書いてありません。)
 
 一般的な会社員、月給制の社員の給料はなぜ月一回払いなのだろう。以前からずっと疑問で夜もたまに眠れない。「給与_月一払い_理由」などで検索しても、どこにも答えが書かれていない。疑問を発している人もいない。
 
 ちなみに「月給」は「月一払い」とは意味が違う。月給とは給与の金額が月額で定められているという意味だ。時給制のアルバイトで働いている人は一時間ごとに給与が振り込まれるわけではない。時給制であっても給与は月に一回まとめて払われる。
 
 ネットで調べると「二か月に一回とか半年に一回という払い方は労基法違反だから駄目なんです」と書かれている。それは分かっている。労基法では、給与は「月に一回以上、日を定めて払うこと」と決められている。そうではなくて、私が知りたいのは逆の方、すなわち「月に二回」とか「週一」という払い方がなぜ無いのか、ということである。
 
 少し調べてみたら、外国には給与は「月二回払い」というところもあるらしい。法律では「月一回以上」と定められているのだから、月二回でも四回でも三十回でもいいはずなのだ。
 
 なぜ駄目なのだろう。手数料がかかるから?でも「手数」って何だろう。何の手数?銀行への振込手数料?しかしそれは銀行を介するから発生するわけだろう。今年2019年中にも、給与のデジタルマネー払いが解禁される、というニュースもある。そうなればもう必ずしも銀行を介して給与を払う必要はないわけだから「手数料がかかる」というのは意味が分からなくなる。
 
 少しだけ歴史も調べてみたが、日本で「給与の月一払い」が慣習化したのは戦後のことらしい。つまり江戸時代とかそこまで起源が古いわけではない。しかし、なぜそれが慣習化したのか、つまりなぜそれが「当たり前」になったのか、は分からないのだ。
 
 そして、戦後、仮に昭和30年頃としても、それからもう65年近くもこの月一払いという習慣は変わっていないのだ。その間、紙幣を給料袋と呼ばれる封筒に入れての手渡しから銀行振込へと渡す方法は変化したが、「月一払い」の方は誰にも疑問を持たれることもなく旧来のあり方がずっと続いている。
 
 21世紀にもなって、こんな戦後の旧いやり方が踏襲されているのは驚くべきことだ。
 
 私は給与はできるだけ「リアルタイム払い」に近づけるべきだと思う。
 
 ネットで調べるとだいたい「賃金支払いの5原則」というものが出てくる。労働基準法で定められた賃金の支払いにおける5つのルールで、
 
1. 通貨払いの原則
2. 全額払いの原則
3. 直接払いの原則
4. 毎月1回以上払いの原則
5. 一定期日払いの原則
 
の5つのことを指すらしい。
 
 だが、先ずこのルールからしてツッコミどころだらけなのだ。1の通貨払いというのは「現金じゃなきゃ駄目ですよ」ということであり、3の直接払いとは「手渡しじゃなきゃ駄目ですよ」という意味だ。つまり「給料は現金手渡しで払いなさい」ということなのだ。だが、今、日本の会社で給料を現金手渡しで払っている会社がどれだけあるだろう。およそ9割方は銀行振込ではないのか。銀行振込はなぜかこの原則の「例外」として認められているらしい。これもよく意味がわからない。
 
 最近になって「給料を電子マネーで払ってもよい」という方向に法律が変わろうとしている。今まで電子マネーはなぜ駄目だったのだろう。それも検索して調べると「電子だから」と書いてある。だが、それを言うなら銀行振込だって「電子」だ。今まで何十年もの長きにわたって電子で払ってきたのに「電子だから駄目」というのは理屈が合っていない。
 
 で、話を本筋に戻すと、4の「毎月1回以上払いの原則」や5の「一定期日払いの原則」あたりが関わってきそうだ。
 
 「毎月1回以上」、つまり1年に1回とかそういう払い方は駄目だということだ。これはわかる。「10年後にまとめて一括で給料を払います」と言われたら、10年間まったくお金が入ってこないことになってしまう。だが「1回以上」なのだから、月に2回とか3回とか週に1回とか、そのように増やすことは可能なはずである。
 
 そしてこれを突き詰めて行けば、1日1回、すなわち「毎日払い」も可能になるはずだ。これは「日雇い」とか「日給制」とは話が違う。あくまでも月給制において30日なら30分割して日毎に払うということである。毎日定期的に払うわけだから、5の「一定期日払いの原則」にも反していない。
 
 なぜ、そうしないのだろう。
 
 考えられる反論が3つある。
 
1「振込手数料がかかりすぎる」
 これはおかしい。今は振込手数料がかからないサービスはいっぱいある。
 
2「手間がかかる」
 これもおかしい。何十年も昔ならいざ知らず、今はコンピューターが給与計算も、その後の従業員の口座に振り込む手続きも全部やってくれる。手間は無いはず。
 
3「経理上、複雑になる」
 経理のことはよくわからない。これが理由?
 
 あと、ネットで調べていて、「25日に払われる給料の一部を15日に受け取ることは給料の前払いになる」というようなことが書いてあって、これも納得いかなかった。15日に1日から15日まで働いた分の給料を受け取るのだから「後払い」ではないか。前払いというのは「まだ働いていないのに払う」のが前払いで、働いた後に払うのは後払いだ。
 
 給料は働いた日の分まで、なるべくリアルタイムに払われるべきだ。例えば、営業日が月に20日あって、月給20万円の人は、毎営業日の夜に1万円づつ払われるべきだ。
 
 さらにこれを究極に突き詰めると、月給25万9000円の人には、10秒に1回、1円づつ払っていけば、月内に給料を払い終えることができる。(※一か月30日以上ある場合。)もちろん、夜中も不眠不休で10秒に1回ボタンをクリックしなければいけないわけではない。すべてコンピューターが自動でやってくれる。
 
 デジタルマネーでの給与払いを解禁するならば、この「月一払い」という奇妙な旧来の風習の見直しとセットでなければいけない。
 
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