漸近龍吟録

反便利、反インターネット的

横井小楠にみる儒家としての責任感

国是三論 (講談社学術文庫)

 今年2019年は横井小楠歿後150年ということで、主著『国是三論』を読んでみたが、小楠の儒家としての責任感が感じられる言葉を見つけて感心した。
 
士たる者の弟次男のごときは、年比となりても妻を迎へざるは天下一同武家の制なれば、誰人異とせざれ共、壮より老に至る迄夫婦父子の大倫を廃して知る事を得ざる故、是が為に不行跡に至る者もまた多し。最可憐の至なり。当今富国強兵を事とすべき時勢なれば、此の輩をして各其の用に充べきなれば、先づ其の才力の長短によりて是に多少の俸禄を与へ、差当る衣食の急を免かれしめ、其の用る処に随て是に居所を与ふ(「(天)富国論 」)
 以下、現代語訳。
「当主の弟や次男などが年頃になっても妻をむかえないのは、武家社会一般の習慣であって誰も不思議に思わないけれど、彼らは壮年から老年にいたるまで、夫婦父子の人間関係を経験することができないため、非行にはしるものが多いのも気の毒のかぎりである。いまは富国強兵をめざすべき時勢であるから、この連中にも仕事をあたえなければならない。そこで各人の能力に応じて多少の俸禄をあたえ、さしあたり生活を安定させ、そのつかせる仕事に応じて、住む家をあたえてやる。」
 
 結婚もできず、子供もできず、仕事も与えられないのは可哀想だ、と言っている。
 
 江戸時代、武家の次男以下の男性は、生涯結婚できない人は多かった。「家」を基本としていた当時は、長男が家督相続で家を継ぐため、次男三男坊は、運良く養子に迎え入れられたり婿入りできたりしなかったかぎり、一生結婚もできず、もちろん家族も持てず、仕事も与えられなかった。
 
 儒教は、五倫を基本的な「人の道」として説く。倫理は「あいだがらのことわり」、すなわち関係の理屈である。人間は間柄的存在である、と言ったのは和辻哲郎だが、儒教では人間を関係性の中に位置づけている。
 
 ある男性は「何の何某」という名前の一人の人間だが、妻の友達からは「◯◯さんのご主人」と言われ、子どもの幼稚園に行けば「◯◯くんのパパ」であり、父親の友人に会えば「◯◯さんの息子さんですか」と言われる。
 
 そうした様々な関係の中に生きているのが“人間”である。
 
 夫としては夫らしい振る舞いが求められ、父親としては父親らしい振る舞いが求められ、息子としては息子らしい振る舞いが求められる。友人としては友人らしい、彼氏としては彼氏らしい振る舞いが求められる。
 
 夫婦は仲睦まじくしなさい、親には孝行するのが当然だ、我が子は慈しみなさい、友は信じなさい、彼女は大切にしなさい、それが人としての基本の道だ、と説くのが儒教の考え方である。
 
 しかし、「家を出ているので親とは同居していません。結婚していないので妻はいません。もちろん、子どももいません。友人も彼女もいません」という男性はどうしたらいいのか。
 
 我が子を慈しみたいのはやまやまだが、その我が子がいないのだ。妻や彼女はいれば大切にするつもりだが、その妻も彼女もいないのだ。そんな環境で、どうやって「人としての根本の道」を学ぶのだろう。
 
 小楠は、人はそうしたことを“経験することができないため”「不行跡に至る」のだと言う。逆に言えば、経験できるからこそ、倫理を、人の道を知るのである。
 
 私は儒教徒ではない。小楠は儒教徒である。儒教の教えでは五倫をとても大切なこととしている。そうであるならば、すべての人が正しい五倫の道に進めるようにしてやってこそ、偉大な先儒たちの教えをよく受け継いでいると言える。結婚できない人がたくさんいる状況をほったらかしておいて夫婦の道を説くなどというのは愚かの極みであり、そんなのは真の儒教徒ではない。
 
 現代では儒教の教えに疑問を抱く人も少なくないかもしれないが、教えの内容は置いておいたとしても、小楠の思想には儒家としての責任感が感じられる。
 
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稀勢の里の力士人生を縮めた国民

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 大相撲の横綱稀勢の里が引退を発表。
 稀勢の里に対して「この人はメンタルが弱い」と言う人がたくさんいたが、私はそうは思わない。
 
 メンタルが弱かったのではなく、単に相撲が弱い、実力がなかったということだと思っている。
 
 ただし実力がないというのは横綱としては、ということであって、大関としての実力は十分にあったと思っている。横綱の器ではなかった。
 
 大関のままでいればもっと相撲を長く取り続けていられただろう。横綱になると「基本的に全部勝つ」ことを求められるが、大関ならギリギリ勝ち越しラインの成績でもそこまで騒がれない。9勝6敗、8勝7敗のような決して褒められたものではない成績を取り続けながら大関に長く在位した力士は過去にたくさんいた。
 
 怪我の影響を言う人もいる。怪我のことはさすがに本人に聞いてみないと分からないが、場所前の稽古では調子が良さそうだったり、親方が怪我の影響はもうほとんどない、といったような発言があってから場所が始まってみると負けてしまう、というようなことを繰り返していたので、稀勢の里が勝てなかったのが怪我の影響が大きかったからなのかどうかは疑問である。
 
 だから「稽古の時に勝てて本番で勝てないのはメンタルが弱いのだ」と言う人が出てくるのだが、私はメンタルでもないと思う。
 
 多くの国民が「日本人横綱」を望んだ。
 
 「白鵬鶴竜もいいんだけど、やっぱり日本人に横綱になってもらいたいよねぇ」と言う人がたくさんいた。
 
 朝青龍白鵬日馬富士鶴竜、といった横綱が続き、国全体に「日本人横綱」誕生の期待が高まっていた時に、いちばん横綱に近い位置にいたのが稀勢の里だった。そして稀勢の里はその国民の期待を一身に背負うことになった。
 
 2017年1月、横綱審議委員会は国民の期待に押される形で稀勢の里横綱に推挙し、稀勢の里横綱になることが決まった。
 
 横審は本来なら、国民の総意とは関係なく、力士が心技体、成績、実力、品格を含めた総合的な観点から横綱として相応しい人かどうかを審査するのが役目なのだが、国民の圧倒的な期待に押し切られる形で、全会一致で横綱に推挙してしまった。
 
 その時のことは、稀勢の里横綱に決まった2017年1月にこのブログでも書いている。
 横綱の実力がないのに横綱にされてしまった。そしてすべての取組に勝つことを求められた。負けたら悲鳴が上がる。大関のままでいたならそこまでの成績も求められなかった。
 
 「横審とマスコミが悪い」と言う人がいるが、私は横審、マスコミだけではなく、「日本人横綱」を期待した国民も、結果的には稀勢の里を追い詰めてしまったと思う。
 
 「日本人横綱」を期待してはいけない、ということはないが、その過剰な期待が結果的に一人の力士人生を縮めてしまったことは心に留めておくべきことだと思う。
 

元号の条件考

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 「元号考」ではなく、あくまでも元号の「条件考」。 
 
 こちら元号の条件として下記が載っていた。
 
* 漢字2字であること
* 自国他国問わず過去の元号諡号などとなるべく被らない
* 人名・地名・商品名・企業名などともなるべく被らない
* 国民・国家の理想を表したもの
* 古典から採用したかっこいいもの(基本的に中国の古典だけど今回は日本の古典も検討しているとかいう噂がある)
* 言いやすい
* 書きやすい(画数が少ない・日常的に使われる漢字)
* イニシャルが明治(M)・大正(T)・昭和(S)・平成(H)と被らない
* 明治・大正・昭和・平成と語感が似ていない(同じ漢字も避けそう)
* 「神」「天」「聖」「武」など天皇神格化や戦争賛美を想起させない
* 「安」が含まれない(笑)
* 過去の落選候補からあらためて採用されることが多い
* 明治以降は五経から採られているので今回もそのあたりから(明治以前はそれ以外の出典も多い)
* 明治・大正は君主としてのあり方を説く言葉だが流石に時代錯誤だろう
* 昭和・平成は世界平和を志向しているから新元号もこの路線だろう
 
 私はこれ以外にもう一つ条件があると思う。
 
 それは、
 
・ローマ字で書くときに紛れがない
 
ということ。
 
 例えば、「大正」は、ローマ字で書こうと思ったら、
 
TAISHO
“TAISHOU”
“TAISHOH”
 
などの書き方が考えられ、どれなのか分からない。
 
 「平成」はローマ字で書こうと思ったときに、誰もが
 
“HEISEI”
 
という書き方で一致する。一通りの書き方しか存在しない。
 
 「昭和」はローマ字で書くとすれば
 
“SHOWA”
 
だろうが、これを発音すると「ショワ」になる。中学校でローマ字を習うときに“O(オー)”の上に横棒あるいは山型の印を付けるように習った人も多いだろう。その印を付けたほうがいいのか、付けなくてもいいのか混乱する人もいるだろう。
 
 だから、「大正」や「昭和」のように “OU” の発音が含まれる言葉は元号には選ばれないのではないか。
 
 上の記事では、予想として、
 
永康
 
仁長
 
文康
 
行文
 
などが挙げられているが、どれも “OU” が含まれている。
 
 日本語教育に関する本の出版社である「凡人社」は、“BONJINSHA” が外国人にも発音しやすいからそう名付けたのだと聞いたことがある。たしかに「凡人」はローマ字で書くとしたら “BONJIN” としか書かないし、発音も元の日本語に近い発音になる。
 
TAISHO”→対処
 
“SHOWA”→諸和
 
のようなことにならない。
 
 また、“OU” がなくても、語中や語末に「う」が来るのは避けられるのではないか。例えば、私の名前の「龍」は、 “RYU” なのか “RYUU” なのか。一般的には “RYU” だが、これを英語圏の人が発音すると日本語の「リュウ」からは程遠い発音になってしまう。
 
“RYUU” 以外にも、
 
“LYU”
 
“LEU”
 
など、いろいろな表記が考えられる。
 
 このような「揺れ」が生じるものは、元号には選ばれないだろう。
 

【没後150年】横井小楠の「富国強兵」と現代日本 〜かくの如きの貧弱国となりたること誠に道理なり〜

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 いま日本は「弱小国」に成り果てている。
 
 かつては世界第二位の経済大国で先進国であったのに、今や中国にも抜かれアジアNo.1ですらない。どうしてこんな貧弱国に成り果ててしまったのだろうか。その答えのヒントを、今から150年前に亡くなった幕末の思想家、横井小楠が教えてくれる。
 
 一般に「富国強兵」と言うと、「日本という国を強くするために、国民一人ひとりの幸福のようなものはある程度我慢しましょう」という思想だと理解される。
 
 幕末の思想家、横井小楠も富国強兵を唱えた一人だが、小楠の富国強兵は少し違った。
 

富国と弱者への視点

  小楠の思想は“先進性”と“昔風”を併せ持っている。外国と対峙するためには、昔ながらの兵隊の訓練などではなく海軍の増強が必要であると説く先進性を見せる一方で、儒学者であり朱子学から出発している小楠は、理想の政治として古代中国の「堯舜三代の治」を説く古風な一面も持っている。小楠の面白いところは、堯舜三代の治のような旧い道徳を服膺しながら、同時に西洋の進歩的な側面を称賛しているところだ。
 
 小楠にとって「富国強兵」とは何であったろうか。それはもちろん、次々とやって来る外国に勝てるくらいに日本を強くすることだ。だがそれは当時の他の人々も考えていたことだ。海軍重視という思想も当時としては先進的な考えだったが、小楠だけが考えついていたことというわけでもない。
 
 富国強兵を目指しつつも、ただ「日本という国を強くするために、国民一人ひとりのある程度の我慢は已むなし」などとしないところに小楠の思想の特徴がある。
 
 例えば日本国内を見ると、
本邦は中古以来兵乱相尋ぐの世となり、王室微にして、諸侯群国に割拠し、各疆域を守り互に攻伐を事とすれば、生民を視る事草芥の如し(「(天)富国論」)
として、武士たちはみな自分たちのことばかり考えて庶民のことを少しも考えていない、と批判する。
 
 あくまでも「仁政」を理想としている小楠は
俄羅斯を初め、各国多くは文武の学校は勿論、病院・幼院・唖聾院等を設け、政教悉く倫理によつて生民の為にするに急ならざるはなし、殆三代の治教に符合するに至る(「(天)富国論」)
とさえ言う。学校だけでなく、病院、幼稚園、聾唖院など、弱者のための施設を作っている西洋の国のほうがよっぽど古代中国の理想の政治の形に近いとまで言っている。
 
 こうした小楠の弱者への視点は、「富国」とは何か、ということをあらためて考えさせる。
 
 小楠は「学校」についてたくさん意見をしているが、これも「富国」のためには人を育てることが大切だ、という考え方から来ている。
凡天下国家を治るに、治乱共に人を得るに非ざれば難し。(「(人)士道」)
と言い、「人材を得る」ことに強い関心がある。しかし、その「教育」についても、ただ有能な人材を育てればいい、という考えではない。
 
政教已に地を払ふて、韜鈐に長ずるを明主とし謀略に宜きを良臣とせる時世となる故に、(中略)帷幄参謀の名臣悉皆徳川御一家の基業盛大固定に心志を尽して、曾て天下生霊を以て念とする事なし。(「(天)富国論」)
と言う。政治を行う人間の中に兵法に長けていたり謀略に精通している“有能な”人間がいても、結局は国民のためになっていない、これが「国の治りがたき所以」だと厳しく批判する。
 
 この「有能な人間ばかりを尊ぶ時世」というのは、現代にも通じるところがある。
 
 現代の政治家に聞いても、「わたくしどもは教育に力を入れています。次代の日本を担う優秀な人材の育成に力を注いでいます」と言うだろう。そこで考えられているのは、「有能」「有用」な人間、すなわち国や企業にとって「役に立つ」人間だ。
 
 しかし小楠の視点は少し違う。
 

かくの如きの貧弱国になりたること誠に道理なり

 例えば、当時結婚できずに一生を終えることが多かった武家の次男以下の男性たちについてこう言う。
 
士たる者の弟次男のごときは、年比となりても妻を迎へざるは天下一同武家の制なれば、誰人異とせざれ共、壮より老に至る迄夫婦父子の大倫を廃して知る事を得ざる故、是が為に不行跡に至る者もまた多し。最可憐の至なり。当今富国強兵を事とすべき時勢なれば、此の輩をして各其の用に充べきなれば、先づ其の才力の長短によりて是に多少の俸禄を与へ、差当る衣食の急を免かれしめ、其の用る処に随て是に居所を与ふ(「(天)富国論」)
 
 夫婦父子の関係を重視する儒家の立場から言えば、人生でそうした関係を得られなければ倫理が解らないのは当たり前であり、可哀想だ、ということになる。そして「富国強兵」と言うならば、こうした「不良」たちにこそ、その長所を見つけて仕事に就かせてあげるべきではないか、と説く。
 
 また、『沼山対話』中にある次のような一文は、まるで現代の日本について言っているかのようである。
 
民工職につくこと不叶、なすべき手業もなく、無余義手を空して日を送ること憐むべき次第なり。全体百人の民口あらば其の七十人は農業を事とすべく、其の余三十人は老幼或は貧民にて農業をなすこと叶はず、徒に余力を空し、全き游民となることなり。今日本全国十の三は游民なれば、如此の貧弱国となりたること誠に道理なり。
 
 国は「氷河期」に怒濤の「募集ゼロ」と「お祈りメール」によって大量の氷河期世代の人たちを非正規、無職、引き籠もりに追いやっておきながら、今頃になって働き手が足りないので外国人を募集する、などと言っている。小楠に言わせれば「かくの如きの貧弱国となりたること誠に道理なり」という話である。
 
 今の日本のように、国民を大切にしないで強い日本を取り戻すなどというのは笑止千万、甚だ本末顛倒と言うべきである。先ず国民の生活や幸福を大事にすること、それこそが小楠の「富国」である。国民の幸福と富国は両立できない話ではないのである。
  

顧みられる価値のある小楠の思想

 現代の政治家たちも「富国」を望んでいる。中国や韓国に負けない「富国強兵」を。だがそれは国民の生活や幸せを犠牲にした「富国」である。
 
 昨年2018年は「明治150年」のイベントがたくさんあって、明治の風を尊ぶ雰囲気があったが、それなら今年2019年に歿後150年を迎える幕末の思想家、横井小楠の「富国」についても、もっと考えてほしい。
 
官府其の富を群黎に散じ、窮を救ひ孤を恤み刑罰を省き税斂を薄し、教ゆるに孝悌の義を以てせば、下も好生の徳に懐いて上を仰ぐ事は父母の如くなるに至らば、教化駸かに行はれて何事をか為すべからざらん。推て天下に及ぼすも亦難からざるべし。(「(天)富国論」)
 
 この記事では省略しているが、小楠は具体的な方策を示している。決して理想論ではない。「天下に及ぼすことも決して難しいことではないのだ」という小楠の声に耳を傾けてほしい。
 
 勝海舟にも評価されながら、現代では、同時代の思想家とくらべて今ひとつ知名度が低い小楠。だが、近年では「公共」概念の先駆け、地球規模の平和について考えた先駆者としても脚光を浴び始めている。
 
 小楠が京都寺町丸太町で兇刃に斃れてから今日でちょうど150年。横井小楠の先駆的で視野の広い思想は、現代においてもっと顧みられる価値がある。
 
※文中引用は特別な註記がないかぎり『国是三論』から
 
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ビットコイン10歳の誕生日に寄せて

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 10年前の今日、生まれた。
 
 イギリスの新聞『The Times』紙の2009年1月3日のあの有名な表紙を思い出す人も多いだろう。
 
 ビットコインは8歳の年、すなわち2017年にバブルが起きて、翌2018年の一年間はそのバブルが弾けたようになって、時価はほぼ下落していく一方の年になった。
 
 私は2018年がビットコインにとって不幸な年だったとは思わない。むしろバブルが起きていた2017年のほうが不幸だった。
 
 2017年にはビットコインは「儲かる」、「早く買っておいたほうが得をする」などと言われ、この年の後半頃には多くの人が焦るようにしてビットコインを買った。特に日本人が多かった。そうしてたくさんの人が一気に買ったおかげでビットコインは急騰し、バブルが起こった。
 
 私はそのとき買いに走った人たちを責めるつもりはない。人間は誰だって「儲かる」などと言われたら買いたくなるものだ。悪いのは煽ったほうの人間である。
 
 世界にはビットコインを必要としている人たちがいる。ベネズエラジンバブエのようにハイパーインフレによって自国の通貨が通貨として機能しなくなってしまっている国の人たちだ。そういう国の人たちは、ビットコインに通貨としての役割を果たしてほしいと本気で期待している。金持ちたちの遊び道具にされて価値が乱高下されては堪らないのだ。
 
 最近、日本では頻りに「キャッシュレス化」という言葉が叫ばれている。「未だに現金を使っている日本は遅れている。これからはキャッシュレスの時代だ」と。そしてビットコインのような暗号通貨は「キャッシュレス勢」に分類されて認識している人も多い。
 
 つまり、
 
 現金 vs. クレジットカード、各種電子マネービットコイン
 
のように。
 
 だが、ビットコインはその性格から考えれば、いわゆる電子マネーとは立場を大きく異にする。政府や大企業がキャッシュレス化を推進するのは、お金の流れを追跡しやすくするためである。ビットコインはその流れを政府に管理されにくいという点から言えば、「現金勢」すなわち紙幣や硬貨に近い。
 
 そしてビットコインの大きな価値の一つは、発行元が政府ではない、という点にある。
 
 私はビットコインがドルや円に取って代わるとは思っていない。「政府がお金を発行する権力を手放すはずはない」という人がいるが、その通りだと思う。一方でビットコインは政府から独立しているという価値をこれからも持ち続けるだろう。
 
 ドルや円は「悪」ではない。いわゆる法定通貨はその発行量を調整することで国の経済を安定させることに役立っている。だがそれは政府の支配者が「悪人」ではない場合である。政府そのものが「悪」になった時は、一部の富豪を除く大半の貧しい国民は、紙屑になった大量の紙幣を握りしめながら死んでいくだけだ。
 
 今、政府は暗号通貨さえもその管理下におさめようとしている。世界各国の中央銀行は自前の暗号通貨(ブロックチェーン技術やそれに類する技術を使ったデジタル通貨)を作ろうと計画している。そのようなお金が登場すれば、いよいよビットコインの独立不羈性は重要になってくる。
 
 私は今は良い機会だと思っている。2017年にバブルが起こり、2018年にはそれが弾けて大きく下落した。多くの投機筋の人たちや大手マイナーたちが去った今こそ、ビットコインが良い道へと進めるチャンスだと思う。
 
 弱く苦しんでいる人たちを助けることができる「お金」として、ビットコインがこれからの「10代」を真面目に堅実に育っていくことを願っている。
 
 ビットコイン、10歳の誕生日おめでとう。
 
 
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年末年始休み廃止論

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 「年末年始休み」という奇習はいったいいつまで続くのだろう。
 
 昔から「盆・正月」という。
 
 この内、盆休みは近年、なくなりつつある。盆休みがない企業は増えた。「夏休み」はあるものの、秋頃に自由に「夏休み」を取ったりする人も増えてきている。
 
 ところが「年末年始休」だけは頑なに動かない。なぜなのか。年末年始休などというおかしな習慣は廃止すべきである。
 
 このように言うと、「年末年始すらも休ませてあげないのか!鬼!」と言う人が出てくる。
 
 だが、そういう人たちは年末年始に鉄道会社が働いていることについては何も言わない。郵便局も年賀状配達のために年末年始は働いている。
 
 テレビ局は年末年始の一週間くらい休んで、一切の放送を中止しよう。「ネットがあるからいい」? インターネットプロバイダも年末年始は休みにしてインターネットは使えないようにしよう。パソコンやスマホも電力会社からの電気の供給がストップするので使えなくなる。自宅に電気を蓄えている人は一週間くらいは乗り切れるかもしれないが。
 
 なぜ鉄道会社の人たちだけが年末年始も働いているのが「当然だ」とされなければならないのか。
 
 病院、役所、銀行など、公共性の高いところは年末年始は開けるべきだ。
 
 人間は年末年始には病気にならないのか? 銀行は今年、法改正があって平日でも休みにできるようになったのに、年末年始に相変わらず頑なに休んでいるのでは何のための法改正だったのか。
 
 病院の年末年始休の言い訳としてよく聞くのは、「医療機器メーカーなどの関聯企業が休んでいて、いざという時に部品を調達できず、手術が失敗に終わるおそれがある。そうなったら責任が持てないんです。人の命にかかわる仕事ですから」などというもの。
 
 鉄道会社だって、何万人もの人を乗せて脱線しないように運転している「命にかかわる仕事」である。鉄道会社の関聯企業は年末年始はどうしているのだろう。線路や車輪に罅が入った時の交換、窓ガラスが割れた時の交換、自動改札が壊れた時の修理会社、そういう関聯会社の人たちはどうしているのだろう。
 
 「鉄道会社の関聯企業はきっと年末年始も働いているんですよ」。
 
 だったら、病院の関聯企業もすべて年末年始も働けばよいではないか。そうすれば医者が「取引先が休んでいるから」などと言い訳せずに済む。
 
 「病院や役所や銀行は年末年始は閉まっているのが当たり前。鉄道は動いているのが当たり前」などというのは今の私たちが勝手に思い込んでいる常識に過ぎない。生まれた時からそうだったから、それが“常識”だと思い込んでいるだけだ。
 
 鉄道と同じように、人間が生きていくのに欠かせない性格を持っている病院や役所や銀行が、「年末年始は開いているのが当たり前」という世の中が到来してほしい。
 

地図会社は市区町村ごとの地図を作ってほしい

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 最近、こんなニュースを見て、以前から不満に思っていたことを思い出した。
 
 NHKでは、ネットの電子地図に押されて紙の地図が売れなくなった、という分析である。
 
 それもあるだろうが、昭文社の地図が売れなくなった原因は他にもあると思う。
 
 地図には、都道府県単位や「市区町村単位の地図」と、「地続きの地図」がある。
 
 私が子どものころは、本屋で売っている地図帳の多くは市区町村単位の地図だった。「東京都千代田区の地図」とか「新宿区の地図」とか。
 
 しかし数年前に都内の大型書店の地図コーナーに行って驚いたのは、そういう都道府県ごとや市区町村ごとの地図帳が全然売っていないということだった。
 
 今でも畳の上に広げるサイズの一枚の紙だったら都道府県ごとや市区町村ごとの地図というのは売っている。だが、一冊の本になったタイプのものがない。昔はそういう本が売っていた。例えば、「東京都」という地図帳なら1ページ見開きごとに「渋谷区」、「三鷹市」という具合に、市区町村ごとの地図が載っていた。
 
 「地続きの地図」というのは、グーグルマップに代表される電子地図の特徴だ。市区町村ごとの境界線を意識することなく、グリグリとどこまでも辿って行くことができる。これは電子地図ならではの長所だ。
 
 だが、10年以上前から、昭文社が売り出す地図帳はほとんどが、この地続きタイプになってしまった。これより右(東)を見たかったら14ページへジャンプ、これより下(南)を見たかったら36ページへジャンプ、という具合の。紙の本で続きのページにジャンプする使い方は、あまり使い勝手がいいとは言えない。今の地図帳は区の全容を概観できるようにはなっていない。
 
 昭文社のような地図会社は、道路地図にしても然りなのだが、ここ10年ちかく、ずっとそのような地続きの地図帳ばかり作ってきた。グーグルマップに対抗してのことなのかもしれないが、手元のスマホにグーグルマップがある時代に誰が紙の本を見ようと思うだろう。
 
 グーグルマップでは見られないもの、を作るべきだ。そっちのほうが需要はあるはずだ。
 
 それは昔のような市区町村ごとの地図だ。例えば「東京都」という地図帳を作るとすると、大きな区や小さな区があるので、各ページの縮尺が変わってくるという難点はあるが、それでも区ごと市ごとに全容を俯瞰したいと思うことが度々ある。
 
「港区の『赤坂』や『青山』という町の名前を聞いたことがあるけど、二つの町の位置関係はどうなっているんだろう」
 
「渋谷区の『松濤』という町は渋谷区内のどの辺にあるのだろう。区内では大きい町なんだろうか、小さい町なんだろうか」
 
「皇居は千代田区内でどれくらいの面積を占めているんだろう」
 
 あるいは、都道府県の地図だったら、
 
「長野県は長野市松本市が有名だけど、二つの市は県内のどの辺にあって、どれくらい近い、または離れているのだろう」
 
 そういったことを知りたい、と思うことがよくある。だが、今は電子でも紙でも、市や県を概観できる地図というものがなかなか無い。市や県の公式サイトを訪れて見ても、観光情報や生活情報ばかりで、意外と地図というものは載っていない。
 
 地続きタイプの地図ではグーグルマップに勝てっこない。そちらはもうグーグルマップに任せて、地図会社は市区町村ごと、都道府県ごとの地図帳を作るべきだと思う。
 
 因みに、電子化がうまくいっていないのが問題だという分析をしている人もいる。
 
 
 私は、紙でも電子でもいいから、とにかく市区町村ごとであることが重要であり需要があると考える。
 
 それで売上が回復して経営が黒字になるとか、そこまでは私は言えないが、少なくともいま店頭に並んでいる地図帳よりはよっぽど需要があると思う。