漸近龍吟録

反便利、反インターネット的

「儒服を着けた英雄」熊沢蕃山と現代の“無告“の人

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目次

 

現代の生活保護バッシング

 貧困と貧乏は違う。
 
 貧乏は単にお金がない、という意味だが、貧困はお金以外にも社会的リソースがないことを意味する。お金だけでなく、人脈、知識、経験、方法、手段、体力、健康がない。
 
 「無告の民」という言葉がある。「告げることができない」、あまりに何も無さすぎて苦しみを訴えることすらできない人、という意味の言葉だ。
 
 この「無告」という言葉がどれくらい古くから使われているかわからないが、江戸時代前期には思想家の熊澤蕃山が著書の中で使っている。
 
 「生活保護バッシング」というものがある。生活保護を受給して暮らしている人たちのことをネット上などで叩いたり馬鹿にしたりすることだ。
 
 以前、NHK生活保護で暮らしている女子高校生が取り上げられたことがあった。取材のカメラが入ったその高校生の部屋にアニメグッズやらエアコンやら、やや高価なものが映っていたことから、炎上に発展し、大きなバッシングが巻き起こった。生活保護を受けるほど「貧しい」はずの人が、なんでそんな高価な物を持っているのか。実際にはそんなに貧しくないのに生活保護の申請をして金を不当にせしめているのではないか。そういう声がネットを中心に起こった。
 
 一頻りバッシングの嵐が巻き起こった後に、「生活保護バッシングは醜い」という反対側からの批判の声も上がった。
 
 NHKで取り上げられた女子高校生の例はほんの一例であって、他にも多くの生活保護バッシングがある。2017年には小田原市の職員が「HOGO NAMENNA(保護なめんな)」などと書かれたジャンパーを着ながら業務を行っていた事件があった。いったいいつから日本人はこんなに醜くなってしまったのだろう。現代の日本人は随分と見下げたものだ。そう思っていた。
 
 しかし最近、江戸初期の思想家、熊澤蕃山の著書を読んでいたら、今の時代の生活保護バッシングとまったく同じような状況を目にし、蕃山がそれを嘆いていた。
 
 日本人のこういう醜い性根は少なくとも400年前からあったわけだ。
 

『集義外書』に見る400年前の“生活保護バッシング”

 現代の生活保護バッシングとほぼ似たようなことが江戸時代にもあった。江戸初期の思想家、熊澤蕃山が著書『集義外書』に記している。少し長くなるが引用しよう。原文では読みづらいと思うので筆者による意訳で紹介する。
 
凶作の年に民が飢えている。職を望む者が男女となく道路に溢れ、「給料はいらないから雇ってご飯をください」とお願いしても、雇ってくれる人は誰もいない。乞食や捨て子をたくさん見ても武士たちは「かわいそう」と言わない。百姓の民が食べるものがなくて草を食べたりすることがある。そんな状態でも乞食にさえならなければ、「ほら、百姓どもは貯蓄があるから乞食にならないのだ」と武士たちは言う。百姓の民はいったいどんな仇があってこんなに憎まれなければならないのか。
武士は安定した給料をもらってるから、たとえ凶作の年であったとしても「難儀だ」と言うだけで飢えることはない。百姓は一年中苦労して作ったものを残らず年貢に取られ、そのうえ年貢が払えない者は催促され、妻子を売らされ、田畑山林牛馬まで売らされて、家庭は崩壊し、流浪し、行方知れずの者は乞食となり、運良く村里に居場所を見つけたとしても、凶作の年には餓死を免れない。ひどいのに至っては、財産の有無に関わらず、水責め、簀巻き、木馬などの拷問にかけられる。これによって、病死したり、あるいは病人になって働くことができなくなってしまうこともあるが、憚られることなので訴えることもできない。百姓の家でも50〜100家の中に1、2家は富裕の家がある。これを見て武士たちは「百姓は生活に余裕があって奢っている」と言っている。豊作の年には薪藁や木の実を売って、祝い事の時には酒肴を求めることもあるだろう。祝いの席には大勢の人が出席するので一つの村から一人か二人ぐらいの出席でも、城下町でこれを見たらたくさんの人が出席しているように見えるだろう。こういう光景を見て武士たちは「百姓たちは蓄えがある」と言う。百姓も人である。こんなことまでしてはいけないというのは、あまりに「不仁(思いやりがない)」である。春から冬に至るまで、朝から晩まで、一年中苦労して、私たち武士を養ってくれている人たちなのだから、そんな百姓の人たちが少しの酒肴を求めるのは本来なら喜ぶべきことなのに、それを非難するのは、武士の品性が下がって卑しくなってしまったからである。武士の若い人たちは、幼い頃から大人たちがそのように百姓を非難しているのを聞いて、そういうものだと思い込んでしまっている。よくよく己の心に省みてみれば恥ずかしいことではないか。社会全体が卑しくなってしまったからだ。嘆かわしいことである。
 
 どこかで見覚えのある光景だ。現代にそっくりである。武士たちが、百姓が祝いの席で料理を楽しみ酒を飲んでいるのを見て、「どこにそんな金があるんだ。百姓どもは困窮しているんじゃなかったのか」と言っている。そういう、武士たちによる百姓バッシングを蕃山は嘆いている。
 
 ふだん生活に困窮している女子高校生の部屋にパソコンがあるのが、一瞬テレビに映り込む。ふだん生活に困窮している百姓がたまに祝事の席で料理や酒を楽しんでいるところが目撃される。その「一瞬」を見た人たち、武士たちが、「どこにそんな金があるんだ。やっぱり困窮していると言っていたのは嘘だったのか」、「貧困詐欺。私たちかわいそうかわいそう詐欺。贅沢する金があるんじゃん」と言う。
 

「儒服を着けた英雄」

 400年前と現代とそっくりである。
 
 蕃山は「なぜ百姓たちはこんな風に言われなければいけないのか」と憤っている。百姓たちだってそりゃ偶にはささやかな贅沢をすることもあるだろう。百姓が祝席で酒や料理を楽しんで何がいけないのか。その程度の楽しみがない人生を誰が耐えられるだろう。ささやかな贅沢を許さず、そのような一端を見て、普段の困窮を嘘だと言う。
 
 自らも武家である蕃山が武士の品性の堕落を批判している。
 
 日本人の性根が400年前から変わっていないことがよく分かる。400年も経って成長なし。生活保護を受給して暮らしている貧しい人たちの映像を見て、「ゲーム機はあるんだ」「スマホは持ってるんだ」「旅行に行くお金はあるんだ」と小さな贅沢を論う。「そういう物を買うお金はあるのに生活保護を受給してるんだ」とイヤミを言う。
 
 蕃山の言葉を借りれば、貧しい人たちが小さな贅沢にありつけたのなら「よかったね」と言ってあげるべきところだ。貧困家庭の人だって現代に生きているのだからそりゃエアコンもスマホも必要だろう。たまには「遊び」もしなければ生きていくのがあまりにもしんどいだろう。
 
 自分たちより上ではなく下の方に攻撃を向ける。これを蕃山は嫌った。蕃山は武士、すなわち自分の身分に厳しい目を向けることができる人だった。勝海舟が「儒服を着けた英雄」と評した理由がわかる。
 

400年変わらない日本人の性根 

 こうして見ると、自分の立場には甘く、自分より下方の人間に攻撃(口撃)の矛先を向ける心根は、昔の日本人も今の日本人も変わっていないように見える。
 
 私が『集義外書』を読んで新鮮に感じたのは、現代の「生活保護バッシング」に見られるような弱者叩きが、400年前にも行われていたことを知ったことだった。しかも、酒肴を楽しんでいる百姓を見て「あの人たちは貧しいと言いながら酒を飲む金はあるんだ」と武士たちがイヤミを言う姿は、現代人が「いま一瞬、部屋にゲーム機が置いてあるのが映った。生活保護を受給していながらゲーム機を買う金はあるんだ」とイヤミをつけるのとまったく同じである。
 
 こうした性根は、日本人が人として落ちぶれてしまったからだと考えていたが、いつの時代にも400年前にもいたということだ。そして蕃山は、そういうことを言う武士を「武士の心くだりて、いやしく成たる」と厳しく糾弾している。
 
 「拷問にかけられ、病気になって働くことができなくなってしまうこともあるが、憚られることなので訴えることもできない。」こうした人のことを蕃山は「無告の民」と呼んだ。誰にも自らの窮状を告げることができない人だ。
 

無告の人にもっと目を向けていこう

「こんな厳しい社会で生き抜いていくには、自分の力で人生を切り拓いていかなきゃ」
「自ら『助けて!』と声をあげなきゃ」
 
 そう言う人もいる。そう言う人は、本当に奈落に突き落とされている人、生き地獄の渦中にいる人は助けて!という声をあげることもできないし、仮にあげたとしても地上まで遠すぎてまったく届かない、誰にも聞こえない、のだということが解っていない。
 
 声をあげる発声機関を持っていない。声が届く範囲のところに誰も人がいない。
 
 「昔はそうだったかもしれないけど、今はインターネットもあるわけだからツイッターとかで声を発信できるじゃないか」と言う人もいる。だがツイッターのフォロワー数は0人なのである。フォロワー数0人のツイッターで声をあげて、いったい誰の耳に届くのか。YouTubeチャンネルを開設しようにもカメラを買う金もない。なんとか動画公開まで漕ぎつけたとしても、高評価ゼロ、低評価ゼロ、コメントゼロ、再生回数ゼロ。YouTubeにもツイッターにもこのような誰にも見られていないアカウントはたくさんある。発信しても誰にも届かない声なき声だ。
 
 「告げることができない」というのは単に「発信できない」という意味ではない。発信できたとしても誰にも届いていないのだったら意味はない。それも「無告」なのである。
 
 現代にもたくさんの「無告」の人がいる。苦しみを訴えることすらできない人々。たまにがんばって発信しても、バッシングによってその声は押さえ込まれてしまう。
 
 蕃山の時代から400年。私たち人間はもうちょっと成長していいのではないか。形を変えて400年前と同じことを繰り返しているのは能がない。
 
 蕃山はこうした無告の人々に目を向けた。そして口ばかりでなく実際に、川の上流に森林を養成したり河川を改修して水害を減らし、人々を苦しみから救う活動をした。
 
 今から400年前の日本に生まれた、この先駆的思想家の視点に現代の私たちは目を向けなければならない。
 
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