漸近龍吟録

反便利、反インターネット的

AIに対する有識者のコメントに人間の愚かさを見る

 
 ここ数年のAI(人工知能)の急速な発展を受けて、「あなたはAIをどう考えますか」、「AIとどう付き合っていくべきだと思いますか」という質問をよく見る。それに対して「有識者」などと呼ばれる人たちが「AIをいたずらに怖れるのではなく、上手に付き合っていくべき」、「賢く使えば便利なツール」と回答しているのもよく見かける。
 
 私はこうした回答に人間の愚かさを見る。「賢く使えば便利なツール」という回答が皮肉にも人間の“賢くなさ”を特徴的に表している。
 
 インターネットが登場したときも愚かな人間たちは同じことを言っていた。「インターネットは負の側面ばかりじゃない。賢く使えば便利な道具」と言う人があまりにも多かったので、私は、インターネットを賢く使えている人とやらを連れてきてほしいと言ったが、連れてきた人はいなかった。
 
 あのときから人間は変わっていない。相変わらず愚を繰り返している。
 
 特にここ日本では、AIは人間をますます苦しめることになるだろう。つい先日も「AIを使って仕事を効率化!」「AIにできることはAIに任せよう!」という記事を見た。これで人間の暮らしが豊かになるのだと思っているなら甚だしい勘違いだ。
 
 こういう“間違い”はもうずっと昔から繰り返されてきた。
 
「新幹線が従来より1時間速くなりました。浮いた時間で駅前のカフェでまったりと美味しいお茶を」
 
 浮かない。新幹線のスピードが上がっても1時間は浮かない。4時間が3時間になったら、会社は片道3時間の前提でスケジュールを組むだけだ。泊まりで行けてた出張が日帰りで帰って来ることを要求されてあなたは却って忙しくなるだけだ。
 
 なぜ殊更日本が危険なのかと言うと、日本人は西洋人と違って、基本的人権とか守るべき明確な“基準”というものを持っていないからだ。だから日本で「効率化」を行うと、人間の最低限守られるべき尊厳まで、どこまでも果てしなく削られていく。
 
 テクノロジーによる利便性は、“基準ライン”とセットでなければならない。それがない日本で無批判のAI導入がどれだけ人々を苦しめるか、想像に難くない。