漸近龍吟録

反便利、反インターネット的

Smoozブラウザが好きだった

Diego Velázquezによる画像

 
 かつて「Smooz」というスマホ向けブラウザがあった。たくさんの人に使われていたが、2020年の12月23日に突然サービスを終了した。あれから今日で3年が経つ。
 
 私がSmoozに出会ったのは2016年〜2017年にかけての冬だったと思う。Smoozが誕生してからまだ数か月しか経っていない頃だった。それまではBraveというブラウザを使っていたが、Braveはいまいちスマホでの使い勝手がよくなく、何か新しいブラウザを探していたときに出会った。出会ってからすぐにその使い勝手のよさが好きになり、すぐに私のメインブラウザになった。
 
 Smoozは他のスマホブラウザにくらべて図抜けて使い勝手がよかった。国産のブラウザであり、スマホを片手で使うことが多い日本人の特徴をよく考慮していた。私はスマホは左手で持ち左手の親指だけで入力タッチをするが、ボタンの配置も指が届く範囲、ジェスチャーも標準でたくさん備わっており、ほとんどの操作を左手の親指だけで完結できていた。
 
 Smoozの魅力は、そのようなまさに“痒いところに手が届く”UXにあったが、それを可能にしていたのはこまめな“改善”だった。Smoozアプリは、しょっちゅうアップデートがあった。それも「一部機能を改善しました」とか「不具合を修正しました」などといった漠然とした書き方ではなく、いつも何を改善したのかが具体的に書かれていた。そしてその改善の多くはユーザーのフィードバックを受けてのものだった。
 
 「ユーザーファースト」を理念としており、ちょっとユーザーの声を聞きすぎなのではないかと思うくらいユーザーの要望を聞いて、それをこまめにアプリに反映していた。ユーザーのコメントにもこまめに返信を返していた。私がSmoozを好きだったのは使い勝手のよさもさることながら、そうしたユーザーを大切にする姿勢が好きだったのもある。
 
 Smoozアプリは、アスツールという会社が開発・運営していたが、初期の頃は社長と一人か二人くらいの協力者だけで運営していたようだった。アプリの更新を自動更新ではなく手動更新している私は、普段から更新欄の文言に目を通している。アプリ更新欄は通常「◯◯を改善しました」という説明が書かれているが、Smoozの場合はこの欄が開発後記として日記のようになっていた。そこには、会社の近くに新しいお店ができたので社員と二人で食べに行きました、とか、最近やっと社員を一人雇えるようになりました、とか、そういった小さな日常が綴られていた。
 
 アプリはどんどん人気が出てユーザーが増えていった。そんなあるとき、いつもの開発後記に、ユーザー数の増加に伴い新しく雇った社員たちに給料を払わなければならず申し訳ないが近々いくつかの機能を有料化させていただきたい、ということが書いてあった。ああ、いよいよSmoozも有料化か、でもまあ仕方ない、そう思って私は覚悟していた。そして翌週くらいに実際に有料化する機能一覧のようなものが発表されたのだが、有料化された機能は私が予想していたよりだいぶ少なかった。この機能もこの機能も有料化してよいのでは?と思う項目がいくつもあった。よく見ると古くからのユーザーが無料のものとして当たり前に使ってきた機能のほとんどは無料のまま据え置かれ、比較的新しく追加された機能のみが有料化されていた。ずいぶんと律儀なことだと感じた。
 
 アプリがどんどん有名になりユーザー数も相当な規模にまでなってきた2020年の12月。あるブログが、Smoozアプリが不正な動きを行なっていることを告発した。ユーザーの個人情報(閲覧情報)を外部に送っている、ということだった。この告発は、はてなブックマークで大きな話題となり、Smoozは謝罪→サービス閉鎖に追い込まれることになる。
 
 私は技術的なことはよくわからないが、告発内容は技術的なことに関しては概ね正しいようだった。告発元のブログははてなブックマークで大きな注目を集め、Smoozには批判が集中した。Smooz公式サイトがすぐさま謝罪文を発表した。私にはこの時の謝罪対応は完璧だと思った。
 
・素早い
・下の者に任せず開発者(社長)自ら文章を書いている
・「ご迷惑、ご心配をおかけして申し訳ございません」といった抽象的な表現ではなく、いつまでにどこを直すかが具体的に書かれている
 
 開発者がその日の内だったと思うが、発表した謝罪文はこの三つの要素がすべて揃っており、いつもだったらはてブユーザーたちから「これは完璧な謝罪対応」と褒められる内容のものだった。だが、Smoozに対する大半のはてブユーザーの印象は悪かったようだ。このとき初めてSmoozを知った人たちにとっては、ぽっと出の若造が調子に乗って炎上したようだ、ざまあみろ、という感じだったのかもしれない。その後に告発元のブログから「問題はまだ直ってない」という趣旨の第二段の告発があり、開発者はその告発内容に対してもすぐに対応策を発表したが、はてブユーザーたちからの悪いイメージを変えることはできなかった。
 
 一度悪いイメージで捉えらえている人は何をやっても悪く受け取られる、という事例を目の当たりにしているようだった。例えば、開発者は告発ブログが話題になってから極めて迅速に謝罪文を発表したが、それがあまりにも早すぎて逆に「謝罪文を事前に用意していたのではないか。悪いことをしているという自覚があって、バレたら謝罪文を出せばいいと思っていたのではないか」と言われた。開発者自ら、という点に対しても、そのころにはいくつかのメディアで取材を受け「ユーザーファースト」の哲学を語っていた記事が発掘されて、イキっていると思われてしまっていた。「明日までに○○の機能を停止します」とか「今週中に○○の機能を△△と切り離します」といった具体的な改善策も、「そんなに素早く問題点を把握できるということは、やはり開発者は知っていてわざと閲覧情報を外に送っていたのではないか」と思われた。
 
 大批判の合唱が起こる中で、「このブラウザはどうやら裏ではてブコメントも拾っているらしい」と言う人たちが現れた。だが、Smoozで表示したウェブページにはてブコメントが表示されるのは初期からあるSmoozのユニークな仕様だった。開発者ははてブユーザーであり、はてブをよく見ていたので、そのような機能を付けていた。だがSmoozアプリが一般の人たちに普及していくにつれ「なんではてブコメント?とかいううざったいものが付いてるの?」という声が多くなり、それまでデフォルトで表示させていたはてブコメントを非表示にし、設定した人だけが表示できるようにしたのだった。そのことが「何か裏でいろいろ怪しい挙動をしている」と思われてしまった。
 
 結局、一度付いてしまった悪いイメージを払拭することができず、開発者はアプリの完全終了を決めた。
 
 Smoozアプリの挙動に問題があったことはどうやら事実のようだが、悪意があってやったことだったのだろうか。私はあまりにも頻繁にユーザーの要望を聞いてアプリをアップデートする中で、ミスでおかしな機能をくっつけてしまったのだと思った。意図的に閲覧情報を外部に送っていたわけではないと思う。
 
 Smoozの“顔の見える”在り方が好きだった。顔が見えるといっても開発者に会ったことがあるわけでもないが、日々の開発後記を読んでいるうちに開発者の“人となり”のようなものも伝わってきていた。
 
 「ユーザーファースト」という思想も好きだった。ユーザーからの要望をすべてではないにせよ、かなりの割合で拾ってアプリの新機能として追加していたし、ユーザーからのコメントにも律儀に返事を返していた。
 
 問題があったことは事実だが、サービス終了まですることはなかったのではないか。告発元ブログの第二段、第三段と続いた追及が厳しかったというのもあるが、はてブユーザーたちからの批判の声が止まらなかったことがサービス終了を決断させたのだろう。
 
 3年のあいだにユーザー数だけではなく社員数もそれなりに増えていたはずだ。突然のサービス終了によって、私たちユーザーはブラウザ難民として抛り出されてしまっただけでなく、年の瀬に急に失職することになった社員たちの生活はどうなったのだろう。
 
 開発者はあまりにもはてブをよく見ていた。見過ぎていた。はてブを見ていて「これは大炎上」、「何をどう対応しても火消しはもう無理」と感じとってサービスを畳むことを決断したのだろう。だが、はてブは広大なネットの世界のごく一部である。当時、はてブ以外の場所でSmoozは炎上していなかったと思う。
 
 「ユーザーファースト」の理念が好きだった。とことんユーザーの声に耳を傾けていた。普段からのそういう姿勢が告発や批判にも向き合う姿勢になったのだろう。そしてスピード感に関しては、トップたる者かくあるべし、という考え方をはてブから学んでいたのだろう。しかし謝罪文の発表の速さ、サービス終了の決断の速さは裏目に出ていた。「こんなに速くサービス終了を決めるということは、悪事がバレたら店を畳んで遁走しようと最初から決めていたのだろう」と言われた。
 
 何万人ものユーザーと数人?の社員を抱えているサービスが、たった一人の声でいきなりサービス終了になるのも問題があると思った。ウィキペディアによると、告発があった当日に、開発者は告発元ブログに連絡をとって問題点について教えてもらおうとしたそうだがコンタクトは取れなかったようだ。また、告発元ブログでさえ、まさかサービス終了までするとは思っていなかったようだ。どちらにしろはてブユーザーたちの悪いイメージを覆せないのなら、私はサービスを続けてほしかった。
 
 ユーザーの声なんかまったく聞かない大手テック企業によるブラウザが幅を利かせている時代にあって、ユーザーの声を聞いて成長していくブラウザは貴重な存在だった。個人情報の取り扱いに関する点はきちんと修正した上で、別名でもいいからまたスマホブラウザを復活してくれないだろうか。
 
 私はあれから3年が経った今もスマホのメインブラウザが決まっていない。