女性宮家の創設に反対する理由
天皇陛下の譲位のお気持ち表明、秋篠宮眞子内親王殿下の御婚約発表など、皇室関聯のニュースが相次ぎ、その中で「女性宮家の創設」という議論が出てきている。
私は、今のところ、女性宮家の創設には反対である。将来的には考えが変わることもあるかもしれないが、今のところは反対。国民の半数以上が女性宮家に賛成という調査結果(女性宮家「賛成」73%に下落 本社世論調査:日本経済新聞(2017/05/28))もある中、女性宮家の創設に反対する理由は何なのか、不思議に思っている人も多いと思うので、その理由を今日は書こうと思う。
女性宮家の創設が議論に上る二つの理由
そもそも女性宮家の創設がなぜいま議論に上ってくるのかというと、目下のところ、二つの大きな問題があるからである。
第一の問題は、皇族の人数の減少により、皇室の方々が今まで担ってこられた「公務」の担い手が不足してきている、ということ。このままだと少ない皇族が一人あたりたくさんの「仕事」を負担しなければならなくなってくる。
第二の問題は、皇位の継承者不足。今は皇位継承資格を持っておられる方が少なく、皇位の継承という観点から見れば「不安定な状態」であると言える。
女性宮家の創設は「女系」の道を開く
女性宮家反対論者たちが反対しているのは、「女系天皇」の道が開かれるからである。「女性天皇」ではなく「女系天皇」に反対している。仮に眞子内親王が男のお子様を御出産されたとして、その男の子に皇位継承資格が与えられたとしたら、女系天皇の道が開かれることになる。女の子でも同様である。
皇統はずっと男系であり、そのことに意義がある。「女系でもいい」は、やがて「傍系でもいい」「養子でもいい」「公募でもいい」「誰でもいい」「どうでもいい」となるだろう。
裁判員のように民間から選ばれるようになったり。 年末の大抽選会。「お手元のマイナンバーをご確認ください。来年の天皇は◯番の方が選ばれました!おめでとうございます!」 「『えっ!まさか私が天皇に!?』ある日突然天皇になった私がてんてこ舞いの日々を綴ります」などというブログができたり。 そんなのが天皇だと思う人は少ないだろう。
「では、子供には皇位継承資格を与えなければいいのでは?」
その考え方もある。しかしそれでは、第一の問題である「公務の担い手」の問題は解決するが、第二の問題である「皇位継承者不足」の問題は解決しない。
配偶者の男性が皇族になるかならないか問題
女性宮家創設となると、内親王の結婚相手が仮に一般男性だったとして、その男性を皇族にするのかしないのか、という問題も出てくる。
皇族にしない、となると、宮家という一つの家の中に、皇族の人と皇族でない人が混在することになる。
しかしもっと厄介なのは皇族にする、と決めた場合で、これは、権力欲、名誉欲の強い男性たちが内親王に次々と近づくという事態を惹き起こす。今は普通に大学に通うことができている内親王も、いろんな男性たちから言い寄られることになる。留学時にはたくさんの男性たちが次々と言い寄って来て勉学どころではなくなる。せっかく「開かれた皇室」になっているのに、内親王は再び高い壁に囲まれた奥の奥の「大奥」に閉じ込められることになる。
男性皇族制度は側室制度と刪補の関係にある
「女性宮家」あるいは「女系」を支持する人たちの中で、もう少し皇室の歴史に詳しい人たちは、「側室制度がなくなった」ことを大きな理由として挙げる。
たしかに大正天皇の代から側室制度はなくなった。私は天皇には側室がいてもいいのではないかと思うのだが、現代の国民感情的に許されそうにもない。
江戸時代までは側室制度があったが現代には無いのだから、その時点で皇位継承の安定性は著しく損なわれており、女系を認めるのが時代の必然である、というわけだ。
だが私は、近代以降においては、いわゆる「男性皇族」の制度が、側室制度の損失を補塡しているように思う。
側室制度も男性(非)皇族制度も、どちらも成文化された「制度」ではないが、事実上「制度」のようなものなので、ここでは「制度」と呼ぶことにしよう。
江戸時代まではあった側室制度が近代以降には無くなった。しかしその代わりに江戸時代には無かった男性皇族制度が近代以降に“できた”。これは刪補の関係にあるのではないか?
「女性」は「+1」、「女系」は「×2」
天皇制の問題で、「女性」と「女系」を混同している人は多い。
算数的に言うならば、「女性」は「+1」であり、「女系」は「×2」である。
次の代ではどうなっているか見てみよう。
1+1=2
1×2=2
「なんだ。どっちにしろ、変わらないじゃないか」と人々は言う。
では、2代後ではどうか。
1+1+1=3
1×2×2=4
「3人と4人か。やっぱり大差ないじゃん。どっちでもいいじゃん」。
では、10代後ならどうだろう。
1+1+1+1+1+1+1+1+1+1+1=11
1×2×2×2×2×2×2×2×2×2×2=1024
10代も経ると、「+1」と「×2」では大きな差が出て来る。「女性」と「女系」の差を重視しない人たちは、「今」か「近い将来」のことしか考えていない人たちである。
皇族増え過ぎ問題
私は将来、「皇族増え過ぎ問題」が出て来ることを惧れている。
「そうなったらそうなったで、またその時代に対処すればよいのでは」と言うのは、いかにも無責任な考え方だと思う。
抑々、歴史的には人々は皇室のような高貴な血筋とは繫がりたがるものだ。昭和になってからも「熊沢天皇騒動」があったし、平成に入ってからも「偽有栖川宮事件」などの騒ぎがあった。
将来の政府は、度重なる法廷闘争やDNA鑑定などに疲れ果てる。将来、両親が皇族である、ある人のところに政府からメールが届く。
「昨今、報道等でご存知の通り、『皇族増え過ぎ問題』が深刻な問題となっております。つきましては、貴方様に自主的に皇族の資格を返上していただきたく存じます。何卒、ご理解とご協力の程、宜しくお願いいたします」
ある日突然、政府からこんなメールが届く。
「その人」は皇族という身分に強い拘りを持っていたとしよう。自分は皇族でありたい。お父さんもお母さんも皇族なのに、なぜ私は皇族の身分を手放さなければならないのか。
時の政府「ですから『皇族増え過ぎ問題』が深刻な問題となっておりまして…」
しかし「皇族増え過ぎ問題」はその人のせいで起こった問題ではない。その人は何も悪くない。上の世代の誤った政策のせいで起こった問題である。その責めをどうして「その人」が負わなければならないのか。
私は将来の「その人」を生みたくない。
「今」のことだけを考えるのではなく
私には明治時代の皇室典範やその後継である現代の典範が、皇位継承に関して、それほど瑕疵のある制度だとは思えない。
秋篠宮悠仁親王がお生まれになる前、皇室には9人連続で女子が生まれた。
賛成派は「現に綻びが出てきてるではないですか」と言うかもしれないが、しかし私にはやはり9人連続で女子が生まれるというのは、そうそう起こり得ることとは思えないのだ。9人連続で女子が生まれる確率は512分の1であり、これは私にはとても珍しいことだと思える。ただ、この512分の1という数字をここに当てはめるのが数学的に適切なのかどうかは自信がないが。
そういう極めて珍しい時の状況を土台にしてルールを決めるのは違う気がする。今の状況だけを考えるのではなく、将来にわたる制度設計は、遠い将来のことも見据えて行わなければならない。
そもそも、永世皇族制は「人数が増えやすい」という性質を持っていることを考えておかなければいけない。つまり女性宮家の創設を考えるなら、将来的な人数削減案もセットで考慮しなければならない。
「批判はわかりましたが、現在進行形の皇位継承者不足の問題に対して、何か代案があるんですか?」と言われると、今のところ、私には代案も妙案もない。
以前は、皇位継承者不足問題の解決方法としては、いわゆる昭和22年組の旧宮家(の子孫)の皇籍復帰がよいのではないかと考えていた。だが、ここ数年、「皇族芸人」と呼ばれるある一人の人物が、たった一人で著しく品位を貶めたため、私は旧宮家の復活には当分、賛成する気になれない。
「これ」といった代案を提案できないのが苦しいところだが、ここで安易に女性宮家を創設し、女系の道を開けば、将来に禍根を遺す。それは上述の式で示したとおり、近い将来にはなかなか人々の目には判りにくいかもしれないが、遠い将来になればなるほど大きな問題として立ち現れてくるだろう。
皆さんは女性宮家の創設に賛成?反対?
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