漸近龍吟録

反便利、反インターネット的

Hagexさんの想い、Hagexさんへの想い

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Hagexこと岡本顕一郎さんが亡くなって今日で三年になる。
 
亡くなって一年目の命日に追掉文を書いた。

 
 Hagexさんははてなでは有名人だったので、この時の記事にはそれなりのブックマークコメントが付いた。
 

はてなで苦節何年云々はかなり事実誤認だと思うぞ?

2019/06/25 18:15
 
 これは、おそらくご指摘の通りだろう。私はHagexさんとは会ったこともないし、一方的に偶に、はてなブックマークで見かけていたというぐらいだったので、私なりに調べて書いたものの、いろいろとHagexさんの歴史について誤認識はあっただろうと思う。
 
「聖人君子のようにしすぎ」という批判コメントもたくさん付いた。
 
 基本的に批判的なコメントが多かったが、中でも私が気になったコメントは次のものだった。
 

強い弱いってどう判断するんだろ…

2019/06/25 15:3

強い、弱いの客観基準を出してくれ。それができないのなら、いじられた対象がなぜ「一見して強そうに見えて、だが実は弱かった者」ではないと言い切れるのかを聞かせてくれ。

2019/06/25 22:03
 
 追悼文の中で、私は「Hagexさんは自分より強い人しか“対象”にしなかった」と書いた。それに対してのコメントだ。
 
 二年越しのリプライになってしまうが、この「強い/弱いはどうやって判断するのか」というコメントに答えたいと思う。
 
 「強い」人とは何か。ここで言う強い人とは、腕力が強い人のことではない。口喧嘩やネット上での議論が強い人のことでもない。
 
 Hagexさんが考えていた強い/弱いの基準、それは「影響力」だと思う。もっと具体的に言うならばフォロワー数だ。ツイッターやインスタグラムならフォロワー数が多い人、フェイスブックならフレンド数が多い人、ユーチューバーならチャンネル登録者数が多い人、ブロガーなら購読者数やアクセス数が多い人。そういう人がネット社会における「強い人」だ。
 
 Hagexさんが批判の対象としていたのは、そういう影響力の強い人たちだった。なぜ、そういう人たちを対象にしたのか。それは影響力が強い人たちの言動によって、小さく弱い人たちが振り回される様子をずっとインターネットで見てきたからだと思う。
 
 Hagexさんが“対象”にしていたのは例えば"H"というフォロワーが20万人もいるような女性だったり、"I"という日本一のブロガー男性だったりした。
 
 そういう強い人たちは必ずしも悪意を持って悪いことをしているわけではないこともある。「私は別にフォロワーのみなさんに勧めていません。自分がそのお店のサービスを利用してみて“いいな”と思ったから“いい”と書いただけです。お金もらってないしステマではありません」。時々見かけるこうした発言はもしかしたら本当にそうなのかもしれない。裏で金を貰っているとかではなく、純粋に自分が良いと思ったものをSNSで紹介しただけ、なのかもしれない。だが、それでも駄目なのだとHagexさんは考えていた。影響力のある人が悪徳業者のサービスを紹介してしまったら、結局は弱い人たちが被害に遭う。「私は別にそんな酷い目には遭いませんでしたけど?」と言うのは、貴方の後ろに20万人ものフォロワーがいて、悪徳業者は貴方に対しては厚遇しておいた方が有利だからだ。
 
 つい最近もGameStop事件というのがあった。世界中で何万人か何十万人か知らないがたくさんの個人投資家がネット上で結託して株価を乱高下させた。株価操縦の疑いがあると言われた。だが、何十万人の「弱い人」が束になろうとも、その後イーロン・マスクがツイート一つで暗号通貨の価格を乱高下させたのに比べれば、それは屁みたいなものだった。
 
「そんなのは騙される方が馬鹿」
「未だにそんなのに引っかかる人がいるのが信じられない」
 
 私は自己責任論が嫌いだが、Hagexさんも自己責任論が嫌いだったろう。私はイーロン・マスクに踊らされた口ではないが、自分は踊らされなかったからそれでいいという問題ではない。そのツイートに乗せられて大損害に遭った企業や人、人生が狂ってしまった人がたくさんいるのだ。イーロン・マスクの気まぐれツイートに自分が踊らされていなかったとしても、間接的に自社株が大ダメージを受けたという小企業もあるだろう。イーロン・マスクがしていることは許されないことだ、とHagexさんなら言っただろう。
 
 「騙される方が馬鹿」。確かに馬鹿かもしれない。だがその内そんなことは言っていられなくなる。自分以外の何百万人もの人が騙されたらその影響は自分にも降りかかってくる。YouTubeネトウヨチャンネルとか陰謀論とか、そんなものに騙される人いるの?と言って笑っていられた内はよかったが、次第に「ウチの親がそれに嵌っててつらい」と言い出すことになる。
 
 Hagexさんは早くからネット社会において影響力の強い人が発信する情報を警戒していた。それが計算された悪巧みなのか無邪気なツイートなのかは分からない。だがどちらにしても多くの被害者が出る。フォロワー0人の「弱い人」が勝手に作ったデマツイートより、フォロワー10万人の「強い人」が真偽が微妙な危ういツイートを何気なくRTしたほうが、それによって齎される社会的混乱はずっと大きい。ツイートがデマであることが判明したら、「私はそれが真だとは言っていません。他の人のツイートをRTしただけです。」「RTは必ずしも賛同を意味しません。」と言って責任を逃れる。
 
 Hagexさんは、影響力が強い人はその言動がもっと慎重であるべきだ、と考えていた。Hagexさんはブログを凄まじい勢いで更新していた。そのほとんどは2chからの転載+「うーん」というような簡単な一言、という中身のない記事だった。Hagexさんの「言いたいこと」であるとはとても思えない。なぜこんなにも中身のない記事を量産していたのか。それは「強い人」たちと闘うために自分も影響力(ブログのアクセス数)を上げる必要があると思っていたからではないか。
 
 そしてHagexさんはだんだんとアクセス数を獲得し、ネット社会で少しづつ有名になっていった。自身がだんだん「強い人」になっていった。自身が他人を傷つけるかもしれない影響力を持ち始めたときに、Hagexさんはこんな自省の言葉を残している。私が最も注目したHagexさんの言葉だ。
 
PVなんか気にせず、好きなことを書くのがブログの醍醐味であり、そうあるべき」というのが私の信条なんですが、アクセス数が増えると、やはり慎重になってしまうんですよね。ブログやSNSで「未成年の飲酒だぜ、けけけ」というコンテンツを見つけても、昔のように晒し上げのエントリーを書けません。やるときは、やるけど、どーしてもPVが多いと慎重になります。個人的には「アクセス数がある、影響力のあるサイトは無責任に運営してはいけない」とも考えている(Hagex-day.info 2014年6月25日記事より)
 この2014/6/25の記事で、Hagexさんが「影響力」を意識していたことが分かる。「影響力」とは「アクセス数」であると考えていたことも分かる。そして「影響力」を持っている人は「無責任」であってはいけないと考えていたことも。
 
 また、2014年発行の著書『ネット釣り師が人々をとりこにする手口はこんなに凄い』では、デマを発信する人に対する対応方法として気をつけなければならないこと、として次のように書いている。
 
指摘の際にボロカスに書いてしまいがちである(もしかしたら筆者だけの傾向かもしれない)。デマの判断側はどうしても「良いことをしている」という意識があるので主張や対応が強引になりがちである。デマ退治をしてるつもりで、実は自分がデマ発信側になっていた!という危険性も十分あるので、気をつけよう。
 
 Hagexさんは常にこのことを意識していたように見える。強い人たちの言動を批判しているが自分自身もまた強い人になりつつある。自分の言動が弱い人を振り回し傷つける可能性がある、そのことを意識し自省するバランス感覚を大切にしていたように見える。
 
 
 
 そして3年前の事件。Wikipediaには「直接面識がない加害者の逆恨みによる犯行である。」「実際にAとXがネット上で直接やり取りをした事実はなく、Aは事実上、仮想の人間関係においても「赤の他人」であったXに殺害されたと言える。」と書かれている。その通りだと思う。
 
 Wikipediaによれば、犯人の男は「九州大学文学部に進学していたが、留年を繰り返して中退。以後はラーメンの製麺工場で働いていたが2012年に退職し、アパートに引きこもってインターネットに没頭していた」。
 
 Hagexさんにとって、こういう「弱い人」は、からかいや茶化しの対象ではないどころか守るべき対象だった。こういう犯人のような弱い人のために強い人たちと闘っていたのだ。「この人なら大丈夫」と思える人しかおちょくりの対象にはしなかった。この場合の「大丈夫」は「こいつなら俺に反論してこないだろう」という意味の「大丈夫」ではなく、「この人なら自分(Hagexさん)ごときがからかったところで、どこ吹く風と受け流すだろう。それぐらいの強さを持っているだろう」という意味での「大丈夫」だ。
 
私もこの日記でいろいろと書いてるけど、ターゲットが「自殺」したらどうなるか? はいつも考えている。ネットでは大言壮語だけどガラスのようなハートを持った人もいるので、個人的には気を使っている(Hagex-day.info 2013年6月25日記事より)
 
 ずっと闘ってきた「強い人」から恨みを買って刺されたのならともかく、守るべき対象としてきた「弱い人」から刺されたのが、私は返す返すも残念でならない。
 
 講演会終了後、トイレで用を足している時に背後から不意に刺された。痛かっただろう。つらかっただろう。振り返った時に目の前にいる人物が誰で、どういう理由で刺したのか、教えてもらえたのだろうか。いや、教えてもらえてももらえなくても理不尽であることに変わりはない。
 
 事件後に「やっぱりネットで実名を晒しちゃいけないんだなぁ」と誰かが書いているのを見かけた。そんなことを言ったらHagexさんが悲しむだろう。“対象”にされて茶化されていた人から殴られた、というならともかく、誰が殺されるなんて思うだろう。
 
 ネットで「Hagex」と検索すると第2ワードに「自○○得」という言葉が出てくる。(←第2ワードに貢献してしまうので書きたくない。)Hagexさんのことを快く思っていない人がたくさんいるであろうことが分かる。私はHagexさんのことをそんなによく知らない。Hagex-day.infoの過去記事を少し読んだ。何万とある厖大な過去記事はとても読みきれなかった。2014年発行の著書『ネット釣り師が人々をとりこにする手口はこんなに凄い』は買って読んだ。
 
 それだけ読んだだけではHagexさんのことをそんなに嫌う理由は分からなかった。からかい、おちょくり、茶化し、皮肉を多用する文体だったから? 私もこのブログで皮肉をよく書くが、Hagexさんの文章が“からかいすぎ”であるとは感じなかった。有名人を批判しながら自分は顔も本名も明かしていないで卑怯だったから? Hagexさんが顔や本名を明かしていなかったのは、元々は無名の一ブロガーから始まっていることを考えれば自然なことだと思える。ゴシップ的な“現場”にすぐに駆けつけるから? たしかにそれを「ゲスい」と言うのかもしれない。
 

ゲスかと言われればゲスい行為もいっぱいあった。ただ命奪われるほどの事である理由にもならない。

2019/06/25 19:04

いいひとかどうかではなく、くずでも殺されていい訳がないって主張でないと

2019/06/25 19:46
 年中ネットをウォッチしていてゴシップ的な現場にすぐに駆けつける行為を「ゲス」と言うなら、たしかにゲスい一面はあったのかもしれない。だが「くず」ではなかっただろう。
 
 私はHagexさんの過去記事や著書を読んでみて、そんなに悪い人だとはどうしても思えなかった。「それは貴方がリアルタイムでHagexの所業の数々を見ていないからだ」と言われれば、言い返すのは難しい。だが私はHagexさんが書き残した文章に、「言い過ぎ」「書き過ぎ」、明らかに「これは酷い」と決定的に言えるようなものを見つけられなかった。いったん“対象”として狙いを定めた人に対しては、辛辣な皮肉たっぷりの、おちょくり、茶化しに満ちた文章ではあったが、決定的に「これは人としてダメ」というようなことは書いていなかったように思う。(私が見つけきれなかっただけかもしれないが)。
 
  2年前に書いた追悼文記事に付いたブコメの中に「知り合いでも何でもない人のことを想像でこんな崇めるように書けることに理解が及ばないわぁ。」というのがあった。知り合いでもなんでもないHagexさんのことを私はなぜこんなに想うのだろう。
 
 影響力が大きい「強い人」に否応なく巻き込まれていく時代になったと感じる。 昔はネットの世界だけで済んでいたが、今はネットとリアルの境目はなくなってきた。「私は株も暗号通貨も持ってないから関係ない」とは言っていられなくなった。一人の強い人(フォロワー数が多い人)の気まぐれツイートによって、小企業が倒産したり、日本の景気が左右されたり、間接的に振り回されることが多くなった。デマツイートやおかしな陰謀論を信じた人たちがたくさん投票に行けば、それは現実の政治を動かすことになる。
 
 私がHagexさんのことが気になるのは、「強い人には責任がある。強い人の言動は慎重でなければならない」という考えと「強い人とは影響力(アクセス数、フォロワー数)が強い人のことである」という考えに共感するところがあったからだ。
 
 ネットに書かれていることを疑ってかかり、ネット社会の裏側、ステマやカラクリを暴くのが得意だったHagexさんだが、著書『ネット釣り師が人々をとりこにする手口はこんなに凄い』のおわりの方で、何でも疑いすぎるのは病気のようなものなので治してほしい、とも言っている。みんなが肯定的に信じ合える社会を冀求していたのではないか。
 
 「紅茶を愛する」と言っていた。追悼と言いながらいろいろ搔き乱してすまない。心穏やかにあたたかい紅茶を飲んでほしい。
 
 ゲスい人だったかもしれないが、私はHagexさんの思想には見るべきところがあると感じている。