漸近龍吟録

反便利、反インターネット的

「銀行振込」という最先端の決済方法

Mohamed Hassanによる画像
 
 日本では2019年頃に「キャッシュレス元年」と呼ばれ、たくさんの「○○ペイ」が生まれ、人々の新しい決済手段に対する興味関心が高まった。
 
 数ある決済手段に対して、「古い」、「新しい」というイメージがあるだろう。私は「銀行振込」という決済手段は「新しい」と思っているのだが、多くの人は「古い」と思っているだろう。
 
 電子マネーQRコード決済に対して人々は「新しい決済手段」というイメージを持っている。NFC決済などは「もっと新しい」と思っているだろう。それに対してクレジットカードは「やや古い」。銀行振込は「もっと古い」、現金が「いちばん古い」、といったところだろうか。数々の決済手段のイメージを古い順に並べると次のようになるのではないか。
 
(古)
現金
銀行振込
クレジットカード
NFC決済
(新)
 
 なぜならば、「銀行振込」という言葉は自分たちが生まれる前からあったから。子どもの頃からずっとあったものだから、現金払いの次くらいに古い決済方法だ、と思っている。銀行振込が最新最先端の決済方法だなどとは誰も思っていないだろう。
 
 「銀行振込」という言葉はたしかに昔からあった。しかし「銀行振込」という言葉が指し示す中身は大きく変わっている。
 
 何十年も昔は、銀行振込というのは、銀行の窓口を訪れて、記入台で振込専用の書類に振込先の名前や口座番号と振込元(自分側)の口座番号やら連絡先やらを記入して押印して、番号札を受け取り、番号を呼ばれたら窓口に座っている銀行員にその書類を差し出す。「お掛けになってお待ちください」と言われて再び待ち、何分か何十分か待ってやっと、振込の手続きが完了したことを告げられる。これが「銀行振込」だった。
 
 その後、ATMが普及し出して、銀行振込は窓口の銀行員に頼まなくてもATMから行えるようになった。
 
 今はもっと違う。窓口にもATMにも行く必要はない。自宅にいながらPCやスマートフォンから振り込む。
 
 この「オンライン決済」というのは私はかなりスマートな決済方法だと思っている。ところがほとんどの日本人はなぜかオンライン決済にあまり関心がない。
 
 どの決済方法が最も優れているか、という議論のときも名前があがるのはクレジットカード、Suica、PayPayなどで、「銀行振込」の名があがってるのは見たことがない。皆、「こっちの決済方法のほうがタッチした時の反応速度が少し速い」とかそのような話ばかりしている。「タッチした時の反応速度」というのは対面・オフライン決済の話であり、日本人はなぜか決済の話となるとオフラインの話しかしない。
 
 クレジットカードはオンライン決済でも使えることが多いが、どうせオンラインならクレジットカード会社を噛ませるよりも銀行振込のほうがシンプルだ。ほとんどの日本人は銀行口座を持っているのだから自分から相手へオンラインでお金を移動させるだけ。これで支払ったことになる。銀行振込は「送金」や「入金」の手段と捉えられていて「決済」手段だとは思っていない人が多いのかもしれない。
 
 また、「銀行振込は手数料がかかる」ということを指摘する人がいるかもしれないが、手数料はクレジットカードでもその他の決済方法でもかかっている。客側に課すか店側に課すかの違いだけで、店側に課した場合も商品の値上げとして客側に跳ね返ってきている。今は振込手数料がかからないサービスも登場している。
 
 以前、年配の上司が「最近のネットバンキングとかデジタル通貨とかいう風潮はいかがなものかねぇ。パソコン上で数字が変化するだけって怖しいよね。お金が動くっていう実感を得られないよね」と言っていた。だが、その上司は人生でずっと給料を銀行振込で受け取って来たのではないのか。銀行振込はデジタルである。貴方は通帳の数字が増えたのを見て給料をもらったと認識してきたのではないのか。お金が動く実感と言うのなら、紙の給料袋に紙幣を入れて手渡しで給料を受け取るべきである。(と心の中で思ったけど上司なので言えなかった)。
 
 「キャッシュレス」や「デジタル通貨」が話題になるとき、なぜか銀行振込はいつも蚊帳の外である。改札機やレジカウンターまで足を運ぶ必要がない「銀行振込」という決済方法は、私は現状もっともスマートな決済方法の一つであると思っている。だがほとんどの日本人はキャッシュレスについて話し合うときに銀行振込を思い出さない。
 
 衰退しつつある銀行業界自身も、この魅力に気づいていないように見える。せっかく全国民にアカウントを作らせているのだから、銀行振込は本来なら銀行の大きな武器であり強みである。持って行き方次第では、銀行振込をこれからの時代の主要な決済手段に持って行くこともできる。なぜこの強みをもっと生かしていこうとしないのだろう。やはり銀行はクレジットカード会社と蜜月の関係にあるから、クレジットカードと競合するサービスは展開しにくいということなのだろうか。
 
 銀行振込は多くの日本人にとって盲点になっている気がする。言葉自体が古くからあるので全然「新しい」感じがしない。しかし今の銀行振込はアプリ化し、他の決済方法にくらべてシンプルかつスマートな決済方法である。
 
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