漸近龍吟録

反便利、反インターネット的

特別定額給付金、なぜマイナンバーを使わなかったのか

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 怒っている。もう、この問題は繰り返し言ってきた。政府を批判したいがその前に国民の無理解があり、それとも闘わなければならなかった。大手マスコミの記事も大体目を通していたが、軒並み間違っていたり中途半端な理解だったりした。
 
 先ず第一に、特別定額給付金(全国民への一律10万円の給付金支給)に「マイナンバー」は使われていない。オンライン申請で使われているのは「マイナンバーカード」である。「マイナンバーカードが使われる」=「マイナンバーが使われる」ではない。そこは最初にはっきりさせておきたい。詳しくはこちらの過去記事参照。
 今回の給付金支給に当たって全国の役所で大混乱が起きたことがニュースでも報じられた。ひどいところでは4時間待ちが発生したとか、挙げ句には「オンライン申請よりも郵送申請の方が早いです」と言い出した。
 
 マイナンバーを使っていれば、こうした混乱の多くは避けられた。もっとスムーズに支給ができていたはずだ。
 
 なぜ政府はマイナンバーを使わなかったのか。こういう時に使わないで何のためのマイナンバーか。(*繰り返すがマイナンバーカードの話ではない)
 
 
 私は少し昔、街のクリーニング屋で経験したことを思い出す。
 
 初めて行ったクリーニング屋だった。街に数店舗を抱える小さなチェーン店。パートかアルバイトと思しきおばちゃん店員が3人忙しそうに働いていた。
おばちゃん「初めてですか?」
私「はい」
おばちゃん「カード作って。10%引きになりますから」
そう言って手作り風の簡単なメモ用紙を渡され、
「これに書いてください」
と言われた。
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 住所、氏名、連絡先。連絡先は電話番号とメールアドレスと書く欄があったので、私はメールアドレスの方を書いて渡した。するとおばちゃん、電話番号欄を指さしながら「何かあった時に連絡しないといけないのでここも書いてください」
私「連絡ならそのメールアドレスにしてください」
 するとおばちゃんは驚き、困惑した様子で、先輩のおばちゃんに相談。先輩のおばちゃんがやって来て、「これじゃ、これじゃ駄目なんです!電話じゃないと駄目なんです!」。泣きそうな顔だった。電話番号を書いてくれなかったのはあなたが初めてです、メールとかそういう難しいのは分からないんです(まだそういう時代だった)、と言いたげだった。
 じゃあ、なんでメールアドレスを書かせたのか。メールは連絡手段として使わないなら、なぜメールアドレス記入欄があるのか、という話である。私はそう言おうとしてその台詞を飲み込んだ。経営者の方針だろう。パートのおばちゃんたちは知らなさそうだ。ここで言い争うと自分の後ろに並んでいる人たちに迷惑もかかる。電話番号を追記して渡した。私の隣で同じように紙に記入していた人は電話番号だけ書いてメールアドレスは書かずに渡してあっさり受理されていた。私はメールアドレス書き損である。
 
という、もう何年も昔の話を、今回の給付金マイナンバー不使用の件で思い出したのだ。
 
 今回の件で「マイナンバーが銀行口座と紐付いていれば...」と言っている人をよく見かける。「いれば」ではない。マイナンバーはもう二年も前から銀行口座と紐付いている。政府が銀行と協力して国民にマイナンバーを銀行に届け出るようにお願いをしている。
 
 私は政府からお願いされたので、もうだいぶ前に銀行にマイナンバーを届け出ている。私のマイナンバーと銀行口座は紐付いている。新聞は「本人の同意が必要になる」と言っているが、私は同意して届け出ているのである。
 
 政府は社会保障のためにマイナンバーを使ってよいことになっている。ということは私のマイナンバーを見れば私の銀行口座番号は分かるはずである。なぜ、そこに振り込まないのか。なぜ、紙やパソコンやスマホに銀行口座を書いてこちらから知らせなければならないのか。
 
 ここで法律に少し詳しい人は「法律上の制約がある」と言うかもしれない。たしかに政府がマイナンバーを使わなかった表向きの理由はそうだ。だが、番号法の別表第二にはたくさんの事務が記載されており、そこに新しい事務を加えることはそんなに難しいことではないのだ。憲法を改正するようなそんな難しい話ではない。
 
 「でも、銀行にマイナンバーを届け出ている人は少ないと思いますよ」と言う人がいるだろう。
 
 それは知らない。政府のお願いに応じて銀行にマイナンバーを届け出ている人が、全国民の90%なのか、50%なのか、10%なのか、あるいはもっと少なくて2%くらいなのか、それは私は知らない。今のところ、マイナンバーの届け出は(投資信託などを除けば)絶対義務ではないので、届け出ているかどうかは人々の勝手である。
 
 だが、政府からお願いして、それにちゃんと応じている人がいる以上、その人たちにはマイナンバーを使って銀行口座に振り込むのが道義であろう。
 
 メールアドレスを書かせておきながら、メールは連絡に使わないと言うクリーニング屋マイナンバーを銀行に届け出させておきながら、給付金の振り込みにマイナンバーは使わないと言う政府。
 
 国が、街のクリーニング屋と同じレベルのことをしているのである。クリーニング屋と政府は「やーい!引っかかったー!」と言いたいのか?
 
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 こちらのポスターをご覧いただきたい。銀行へのマイナンバー届け出のお願いである。お願いしている主体は誰か。それは下の方に書いてある全国銀行協会内閣府金融庁。政府がお願いしているのは明白である。「銀行もお願いしてる!」と思う人がいるかもしれないが、銀行にはお願いするメリットはあまりないのである。法律によってマイナンバーの利用用途は極めて限定されており、銀行はせっかく集めたマイナンバーを自分たちの商売に使うことはできない。それどころか顧客から預かったマイナンバーの厳重な管理を求められるので、逆に負担が増えるくらいなのである。銀行はただ政府からお願いされているだけで、そんなに積極的にマイナンバーを集めたい気持ちはない。
 
 で、この「お願い」はもうずっと前から行われている。2018年1月には銀行口座とマイナンバーを紐付けて管理することが義務付けられた。
 
 仮に銀行口座を持っている日本国民が5000万人いるとして、その内の2%がマイナンバーを届け出ていたとすると、100万人の人がすでに銀行口座とマイナンバーが紐付いているわけである。なぜ、その人たちの銀行口座にマイナンバーを使って給付金を振り込まなかったのか。申請すら必要ない。国から一方的に振り込むことができたはずだ。
 
 「そうなると届け出ていた人と届け出ていなかった人とで分けなければいけないから、作業が煩雑になるのでしょう」と言う人がいるかもしれない。しかし、今回、政府がとったマイナンバーカードとマイナポータルを使う支給方式でも、オンラインと紙で申請した人に二重払いを避けるための事務作業は必要になる。
 
 国はマイナンバーを通じて、私の名前、住所はもちろんのこと、家族情報、世帯主かどうか、私の銀行名、支店名、口座番号もすべて分かる。なぜなら私が同意してとっくの昔に届け出ているからだ。それなのになぜマイナンバーを使って給付金を振り込まないのか。
 
クリーニング屋「何かあった時のためにメールアドレスを書いてください」
私「はい」
クリーニング屋「メールアドレスは使いません。電話番号じゃなきゃ駄目なんです!」
私「???」
 
政府「何かあった時のために銀行口座を教えてください(銀行にマイナンバーを届け出てください)」
私「はい」
 ↓
何かあった(世界的コロナウイルス大流行、非常事態で給付金支給)
 ↓
政府「マイナンバーは使いません。紙かマイナポータルに銀行口座を書いてくれなきゃ駄目なんです!」
私「???」
 
 あの時のクリーニング屋と同じだ。聞いておきながら「それは使いません」と言う。じゃあ、なぜ聞いたのか。
 
 政府と国民の間にいちばん大切なものは信頼である。こんな「騙し」を続けていて誰が政府にマイナンバーを預けようと思うだろう。たとえ2%の人であってもその人たちの口座にマイナンバーを使って振り込んでいれば、その2%の人たちが「私は申請もしないで勝手に給付金が振り込まれていた!」とネットに書き込み、そしてその話が広まるだろう。そうすれば口座紐付け義務化などしなくても、国民のほうから進んでマイナンバーを届け出ようとするだろう。
 
 私が政府の人間で全口座をマイナンバーと紐付けたいと考えているならそうする。「義務化」などという押し付けは嫌われるだけで、一部の素直に届け出ていた人が良い思いをした、ということを人々が知ったら、我も我もと届け出てくるはずである。それは、あれほどマイナンバーカードを嫌っていた国民が「10万円が早くもらえるかも」という噂を聞いた途端、役所の窓口に大行列を作った今回の件を見ても明らかである。
 
 それに何より、聞いたからには使わなければいけない。それは当然にやらなければいけないことである。これだけ個人情報やプライバシーの意識が高まっている時代に「ちょっと聞いてみただけ」はあり得ない。
 
 こんな政府、あなたは信用しますか?
 
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